- 投稿日:2024/08/16
- 更新日:2025/09/30

序章
これは未だ私が、
中古カメラせどりを初めたばかりの時分。
魑魅魍魎がひしめく、
ヤフオクの恐ろしさを知らない頃のお話。
私はある個人からカメラレンズを仕入れた。
商品説明には、
カビ・クモリ無しのキレイなレンズ。
しかし、
実物を手にし検品したところ、
レンズの縁から伸びる無数のカビ。
商品説明と異なる状態なのは明らか。
私は早速、
ヤフオクのメッセージ欄から、
出品者に連絡を取る。
「商品説明と異なるので、
返品をさせてください」
数時間後、出品者からの返信。
「カビなんて見えなかった。
撮影には影響ない」
ぶっきらぼうな短文で、
謝罪もなければ、
返品を受け入れる気もない。
諦めきれず、
その後何度も、出品者の不手際と、
こちらの要求を書き込むが、
出品者からの返信は一切なく、
私の存在は無視された。
━ コイツは駄目だ。
私はこの時点で、
出品者とコミュニケーションを取るのは、
不可能と断定。
直ぐにヤフオクに問い合わせようとするが、
私はここで初めて、
ヤフオクの恐ろしさを知る。
被害者の証明
大概の企業はトラブルが起きれば、
お問い合わせ先があるものだが、
この当時、
ヤフオクにはお問い合わせ先が無い。
電話番号もメールの宛先も皆無。
トラブルが起きた際のQ&Aにはこうある。
「取引相手と話し合いを行い、
当事者間での解決を図ってください」
あくまでヤフオクは、
場所を提供しているだけで、
そこに詐欺師が紛れ込もうが、
ヤフオクが責任を負う立場ではない。
私は絶望した。
どう見てもこの出品者は、
私と話し合う気は微塵もない。
一応、
出品者の氏名、住所、電話番号などの
個人情報は、
荷物の送り状に記載されている。
だからといって、
出品者に直接電話して苦情を言うのは、
明らかにルール違反だ。
そもそも電話を切られれば即終了。
下手すれば、
私の方が加害者となって
訴えられる可能性もある。
この事案において最も重要なのは、
「私が被害者である」
という証明。
いかにして、
それを実現するか悩んでいたところ、
レンズを梱包していた箱に、
1枚の紙切れを見つける。
「熊本◯◯ボランティア」
真っ白い紙には、
その文字だけ書かれている。
この出品者が所属している
ボランティア団体だろうか。
私はその文字を見ると、
ある名案が浮かんだ。
注目させるには誇張する
荷物の送り状から、
出品者が熊本出身なのは分かった。
そして、
この「ボランティア」の文字。
人を騙しておいて、
「ボランティア」
と、名乗っているのもおかしな話だが、
今回私が思いついた作戦にはちょうどいい。
ネットを使って出品者の住所から、
一番近い役所を見つけ出す。
熊本県◯◯役場
━ ここか。
私は早速そこへ電話をかけた。
「はい、◯◯役場です」
職員の方が電話に出ると、
私は意識して声を抑え、
作戦を実行する。
「お忙しいところ恐れ入ります。
実は、
おたくの地域のボランティアの方に、
ヤフオクで不良品を掴まされ、
金銭を騙し取られたのですが、
熊本県ではこういったやり方で、
寄付金を集めているのですか」
私の冷静な声に反して、
慌てふためく役場の職員。
「詳しく教えてください」
私はヤフオクでの取引での経緯、
出品者から無視されている状況を説明した。
同時に私は話しの節々に、
「熊本県では」
と、いう単語をあえて挟んだ。
「こうやって熊本県では、
募金を募っているのですか」
「こんな方法で熊本県では、
お金を集めているのですか」
「熊本県では、これが常識なのですか」
━ 熊本◯◯ボランティア
私はあの文字を見つけたと同時に、
ある災害を思い出した。
2016年の熊本地震
熊本県の関係者からすると、
気分の悪い話だろうが、
当時の私には、こうでもしないと、
誰も私の話を聞いてくれない。
ヤフオクでの詐欺被害を証明するには、
出品者が所属するボランティア団体と、
熊本地震を結びつけ、
この問題を誇張する必要があった。
最も怖いのはどんな人か
「分かりました。
担当の者から、
折り返しご連絡致します」
役場の職員の方は、
そう言って電話を置いた。
何の担当者なのかは分からないが、
これで『役場』のカードを入手。
ヤフオクの件で、
私は熊本県の役場に、
責任を取ってもらう気は一切ない。
むしろ心を痛めている。
利用しているのは私の方なのだから、
罪悪感しかない。
私のターゲットは、
はなから出品者だけである。
無視し続ける彼を引きずり出すには、
『役場』のカードが必要だった。
出品者からの連絡が途絶えた
ヤフオクのメッセージ欄に、
私は『役場』のカードを使う。
「お忙しいところ恐れ入ります。
今回の件で、
熊本県の〇〇役場に問い合わせました。
ボランティア団体が、
地震の寄付金を、
こんな方法で入手しているのは、
到底許せません。
今後の交渉は全て◯◯役場とするので、
お手数をおかけしますが、
よろしくお願い致します」
メッセージを送信して数分後、
出品者からの返信。
「◯◯ボランティアと、
熊本地震は関係ありません。
◯◯ボランティアは、
私の地区で、
イベントを行っている団体です。
私は60を過ぎた年寄りで、
足が悪く出歩くにも困難です。
返品は受け付けますので、
商品価格の*****円は返金します。
これ以上責めるのは止めてください」
突然の弱々しい高齢者アピール。
「自分は被害者」であると証明したいのか。
ならば私は、
「自分は異常者」であると証明しよう。
「ご返信ありがとうございます。
私の希望は最初に申した通り、
送料込みの全額*****円です。
ただし、
私はあなたから金銭を要求しません。
私が責任を追求するのは、
ボランティア団体を使って、
資金を集める◯◯役場です。
要求金額を含めた今後の交渉は、
◯◯役場と行うので、
お手数をおかけしますが、
よろしくお願い致します」
出品者が私の言葉を無視したように、
私も出品者の言葉には耳を傾けず、
ただひたすらに、
自分の正義を追求していく流れ。
数時間前に、
出品者は無視することで、
コミュニケーションが無理だと、
私を絶望させた。
なら私は、
故意に事実を曲解し悪化させ、
コミュニケーションが無理だと、
出品者を絶望させる。
「分かりました。
全額返金します。
ですから、
役場にはもう連絡しないでください」
画面の前で、
口元が緩むのを私は感じた。
おわりに
黒澤映画の1つに、
『悪い奴ほどよく眠る』
と、いう作品があるように、
この社会では、
最終的に得するのは『悪い人』
になりがちです。
だからといって、
「悪い人になれ」
と、推奨するのは、
あまりにも悪い話なので、
とりあえず、
いつも「いい人」であることは、
避けた方が無難でしょう。
昨今では、
自ら汚れ役を買って苦言を呈しても、
クレーマー扱いも珍しくありません。
少々の悪い人では、
相手の弱者マウントで、
不利な立場に追い込まれます。
なら現代で目指すのは、
「厄介な人」です。
「もう関わり合いたくない」
と、思っていただければ大成功。
素直で従順なのは、
稼ぐ力には必要ですが、
それだけだと、
いずれ必ず悪い人に利用されます。
今のうちに、
「厄介な人」の
役作りをしておきましょう。
ありがとうございました。