- 投稿日:2025/04/13
- 更新日:2026/03/18
1、稼ぐ力がゼロだった時代
今から10年ほど前、時給800円でデータ入力の仕事をしていました。しかしある時、その職場の上司から「良い所は一つも無い」と言われ、雇止め(実質解雇)されました。
その地域の当時の最低賃金は時給換算で780円。退職後は最低賃金すらまともに稼げない自分に愕然とし、自己肯定感は全く無い状態でした。
私が常々考えていた「良い所が一つも無い人はいない」という事が、まさか一番身近な自分自身には当てはまらなかったという事が分かり、私の存在そのものや人格を否定された気がして大きなショックを受けました。
新しい仕事を探そうにも「良い所が1つも無い自分に一体何が出来るのだろうか?」や「誰からも必要とされていない自分には生きる価値が有るのか?」などと悶々とし、事務の仕事に就いても長続きせず、ただ時間だけが過ぎていました。
日商簿記1級や社会保険労務士(この時期に試験合格し、社労士会に登録区分「その他」で登録)等の資格を持っていましたが、これらの資格を活かせる仕事も見つかりませんでした。
当時の私は長所や良い所が全く無く、せっかく取った資格も全く活かせていない。まさに、この当時の私は稼ぐ力が全くのゼロだったと言える。そんな状況でした。
2、発達障害の判明と就労移行支援事業所への通所
時給800円のデータ入力の職場を雇止めされてから約1年半後、日商簿記1級の資格を買って頂き経理補助の仕事に就く事が出来ました。
しかし、経理の実務は未経験だった事もあり、仕事上でミスやトラブルが続きました。特に人間関係でトラブルが多く、当時の上司の指示で医療機関を受診する事になりました。
医療機関を受診した所、「自閉症スペクトラム」という発達障がいが判明し、休職をする事になりました。
約半年間の休職後はそのまま退職し、就労移行支援事業所へ通所しました。
就労移行支援事業所に通所していた時期は、簡単な作業から始めて少しずつステップアップする事で、僅かながらに自分に自信を取り戻していました。
しかし、まだ「自分には良い所が一つも無い」と言われた事が心に引っ掛かっていましたので、与えられた作業がミス無く出来ても「この程度の事は出来て当たり前」と思うことも多かったです。
そして約1年半の間就労移行支援事業所に通所をした結果、一度目の障がい者雇用でお仕事をする事になりました。
3、一度目の障がい者雇用
初めての障がい者雇用で緊張していましたが、サポート役の先輩があたたかく迎え入れてくださり、順調にお仕事をする事が出来ました。
しかし、途中にあった人事異動でそのサポート役の先輩が異動されてからは職場で人間関係が上手く取れなくなり、新しく入ったサポート役の先輩とも上手くコミュニケーションが取れず、挙げ句の果てには私が職場の雰囲気を悪くしたとして僅か1年で雇止めをされました。
発達障がいにおける障がい者雇用の1年定着率は約70%と障がい者雇用の中では高く、しかも離職理由のほとんどは自己都合。従って、雇止め等の事業所側都合で辞めるケースは障がい者雇用では少ないというデータもある中での雇止め。
「やっぱり自分は誰からも必要とされないダメな人間なんだ」と、自己肯定感はまた大きく下がりました。
4、再度就労移行支援事業所へ
退職後、再度就労移行支援事業所に通所出来るとの事で、再び通所をする事になりました。
世間はコロナ禍の真っ只中。テレワークを見据えた在宅形式の訓練をされている方が多いにも関わらず、私は就労移行支援事業所に通所していました。
そこで私自身にはコミュニケーションに課題があると思い、傾聴などのコミュニケーションスキルが学べる国家資格キャリアコンサルタントの養成講座を受講しました。
養成講座を修了し、二度目の受験で国家資格キャリアコンサルタント試験に合格しました。
その事も1つの自信に繋がったからか、再度の就労移行支援事業所への通所を通じてまた少しずつ自己肯定感を取り戻す事が出来ました。
そして約2年間就労移行支援事業所に通所をした結果、二度目の障がい者雇用でお仕事をする事になりました。
5、二度目の障がい者雇用
二度目の障がい者雇用では税理士法人のパート職員になりました。
この税理士法人は社会保険労務士法人もグループに入っており、関与先様の給与計算や関与先従業員様の入退職手続き等、労務関係のお仕事も(社会保険労務士法人の補助という立場ですが)やっている事業所です。
入職直後は会計入力がメインでしたが、社会保険労務士試験合格者という所を買って頂き、入職後しばらくすると労務関係のお仕事を多く任されるようになりました。
二度にわたる就労移行支援事業所での訓練で培った
✅️コツコツと正確に作業をするスキル
✅️不明点は随時確認をするスキル
✅️メモ等を用いて進捗状況を把握するスキル
✅️ほうれんそう(報告・連絡・相談)をこまめに行うスキル
等も功を奏し、入職1年を超えてもお仕事を続ける事が出来ました。
障がい特性で懸念となっているコミュニケーション面でも、職場の皆様が障がいについて手厚く理解して頂いているおかげかそこまで大きな問題にはなっていなく、半年毎の更新ですが今の所は更新が続いています。
そして入職から約3年。今では主に労務関係のお仕事を中心に職場でも重宝される存在になり、今では時給も稼ぐ力がゼロだった時代の1.5倍以上になる1,200円以上を達成する事が出来ました!
就労移行支援事業所で少しずつ自信を取り戻し、資格を活かして誰かのお役に立てる形でお仕事をする事が出来ましたので、少なくとも稼ぐ力のゼロイチは達成出来たと思います。
自己肯定感も少しずつですが上がっている実感があります。
6、リベシティとの出会い
二度目の障がい者雇用で働き始めてからしばらくした頃、リベシティに出会い応援会員になりました。
まだリベシティに入ったばかりの頃、当時の初心者向けのチャットに出ていた「幸せ報告」のテンプレートからヒントを得て、2023年5月1日にリベッター(つぶやき機能)にて個人リベッター企画「とても小さな幸せ報告」を始めました。
その後・・・
1,000日間(2023年5月1日〜2026年1月24日)毎日投稿を達成しました!
正直ここまで続くとは思っていませんでしたが、ここまで長く1つの物事を続けられた事は、もしかしたら自分の強みの1つに今ではなっているのかも知れません。
また、このコーナーで1,000回以上投稿する事で培った
✅️「ない」よりも「ある」に目を向ける
という考え方は、今でも大きな財産だと思います。
この辺りのお話は、また改めて別記事でご紹介しようと考えています。
7、今後について
二度目の障がい者雇用やリベシティでの個人リベッター企画等の経験を通じて、今後は
✅️「自分の強みを更に見つけ、それを活かして稼ぐ力をもっと増やしたい!」
と思うようになりました。そこで今後の目標は、
✅️「とても小さな幸せ報告」を、リベシティ内外を含めて何らかの形でもっと多くの方々にお伝えしたい
と考えています。
その為にも、まずは「とても小さな幸せ報告」のストックを増やすことから始めようと思います。
✅️「小さな幸せで人生を華やかに」
このスローガンをもとに活動し、これからも多くの方の人生を華やかにする為のサポートが出来ればと思います。
最後までお読み頂きましてありがとうございました。