- 投稿日:2025/10/06

「このマニュアル、すごく分かりやすく作ったのにな…」
「あんなに丁寧に教えたのに、どうして動いてくれないんだろう?」
「せっかく導入してくれたサービスなのに、お客様が全然使いこなしてくれない…」
後輩や新人を指導する立場の人、あるいは自社の製品やサービスの使い方をお客様に案内する人が、一度は抱える悩みではないでしょうか。良かれと思ってたくさんの情報を提供し、完璧な計画を立ててあげたはずが、相手はなぜか戸惑った顔で固まってしまう。
しまいには「自分には無理です」と言われたり、いつの間にかサービスを使われなくなってしまったり…。こちらも「やる気の問題かな」「うちの製品は合わなかったのかな」と、つい相手のせいにしてしまいがちです。
でも、もしその原因が、相手の「やる気」や「能力」ではなく、私たちの「伝え方」や「導き方」にあるとしたら…?
実は、人が何かに夢中になるプロセスには、ある共通の法則があります。そのヒントは、私たちが子供の頃に熱中した「ポケットモンスター」や、つい夜更かししてしまう「スマホゲーム」の中に隠されていました。
今日は、部下や後輩、そしてお客様など、何かを教え導く立場にある全ての人が、相手の「やる気スイッチ」を自然にONにできる、そんなゲームの仕組みに学ぶアプローチについてお話ししたいと思います。
人の行動を止めてしまう、たった二つの壁
なぜ、人は新しいことを目の前にすると、動けなくなってしまうのでしょうか。
その原因は、突き詰めると二つの心理的な壁に行き着きます。
一つは「不明確さの壁」。そしてもう一つが「圧倒の壁」です。
「不明確さの壁」とは、その名の通り「何から手をつければいいか分からない」という状態です。選択肢が多いことは一見自由で良いことのように思えますが、実は人の思考を停止させてしまいます。自由さは、時として「何をしてもいい」という名の無秩序さを生み、私たちを途方に暮れさせてしまうのです。
例えば、新入社員に「これがうちの部署の全資料。どれも大事だから読んでおいて!」と親切心から大量のファイルを渡す場面。あるいは、多機能なアプリを初めて使うお客様に、「機能一覧はこちらです。ご自由にお試しください!」と全ての可能性を一度に見せてしまう場面。どちらも、相手からすれば「どれから見れば…?」「何が分からないのかすら分からない…」と、善意の前で完全にフリーズしてしまうのです。
一方の「圧倒の壁」は、やるべきことの全体量が多すぎることによって生まれます。ゴールまでの道のりがあまりにも壮大に見えてしまい、「うわ、こんなに全部やるのか…」と、始める前に心が折れてしまう状態です。
これは、会社が作った「社員としてやるべきことリスト」が、全部で327項目もあるようなものです。あるいは、お客様向けの「製品パーフェクトガイド」が辞書のような厚さである、と考えてみてください。一つ一つの内容はとても有意義だと分かっていても、最初にその全体像を見せられたらどうでしょう。「一つ終わらせても、まだたくさん残ってる…」と考えただけで、気が遠くなってしまいますよね。
この二つの壁を前にして、「気合で乗り越えてください!」と丸投げするのは、あまりにも無責任です。私たち導く側の仕事は、この壁を壊し、相手が軽やかに一歩を踏み出せるような「道」をデザインしてあげることなのです。
解決策1:「不明確さの壁」を壊す、スマホゲームの”チュートリアル”術
新しいスマホゲームを始めると、必ず丁寧な「チュートリアル」が始まりますよね。いきなり「さあ、自由に冒険してください!」なんて放り出されることはありません。このチュートリアルこそが、「不明確さの壁」を破壊する最強の武器なのです。
優れたチュートリアルは、次の二つの要素で構成されています。
ワクワクする「物語」で世界に引き込む
やるべきことを「一つ」に絞って迷わせない
これを、私たちの仕事やお客様への案内に応用してみましょう。
まず大切なのは、いきなり作業手順や機能説明から入るのではなく、「これがどんなに素晴らしいものか」という物語を伝えることです。ゲームが壮大なオープニングムービーでプレイヤーの心を掴むように、私たちも「このスキルを身につけると、お客様にこんなに喜んでもらえるんだよ」「このサービスを使うことで、お客様のビジネスや生活がこんなに便利で楽しくなるんですよ」という未来像を語るのです。
実際にその道で活躍している先輩の体験談や、サービスを活用して成功したお客様の事例を共有するのは非常に効果的です。人は「手順書」では動きません。「物語」に心を動かされるからこそ、自ら動きたくなるのです。
そして、物語で心を温めたら、次はいよいよ行動です。ここで絶対に守るべきなのが、最初の行動を「たった一つ」に絞り込むこと。
ゲームのチュートリアルが「まずは、このボタンを押してスライムを攻撃してみよう!」と指示するように、私たちも極限までハードルを下げた最初の指令を出します。「今日はまず、〇〇部のAさんに挨拶に行くだけでミッション完了だよ」「このソフトで、まずはお客様情報を1件だけ登録してみましょう。他の機能のことは、今日は忘れて大丈夫です」というように。
人は、選択肢を与えられると迷ってしまいます。だからこそ、最初はあえて他の選択肢を見せず、たった一つの簡単な成功体験を積ませてあげる。この「できた!」という小さな喜びが、次の一歩を踏み出すための何よりのエネルギーになるのです。
解決策2:「圧倒の壁」を壊す、ポケモンの”情報コントロール術”
最初のハードルを越えられても、次に「圧倒の壁」が待っています。ここで役立つのが、国民的ゲーム「ポケットモンスター」に学ぶ、情報の見せ方です。
ポケモンを始めた時、オーキド博士はいきなり「この世界にはたくさんのポケモンがいる。これはその全種類のデータとタイプ相性が書かれた、辞書のように分厚い攻略本だ。まずこれを全部覚えてから旅に出なさい」なんて言いませんよね。そんなことをされたら、ほとんどの子供は冒険に出る前にやる気をなくしてしまいます。
そうではなく、まず目の前にいる3匹の中からパートナーを1匹選ばせてくれる。そして、最初の草むらで数種類のポケモンと出会い、バトルをしながら少しずつ「ほのおは、くさにこうかばつぐんだ!」と学んでいく。ゲームは、プレイヤーが混乱しないように、情報を巧みに小出しにしてくれるのです。
この「情報をあえて見せない」という戦略が、「圧倒の壁」を乗り越えさせる鍵となります。
先ほどの「327項目のやることリスト」や「分厚いパーフェクトガイド」の例で考えてみましょう。最初に全体像を見せるのは、まさにゲーム開始前に分厚い攻略本を渡すようなもの。これでは、やる気が出るはずがありません。
ではどうすればいいか。答えはシンプルで、「少なくとも最初のうちは、全体の詳細を見せない」ことです。
心理学の研究でも、面白いことが分かっています。タスクを始めたばかりの頃は、「あとどれくらい残っているか」を意識するより、「自分は今、どれだけ完了させたか」に目を向ける方が、モチベーションが上がるそうです。逆に、ゴールが近づいてきた終盤は、「あと少しだ!」と残りを見る方が、ラストスパートをかけやすくなります。
つまり、指導の初期段階やお客様への導入支援の初期では、「全部でこれだけの機能があります」と伝えるのではなく、「すごい!基本機能を一つマスターできましたね!この調子です!」と、達成したことに光を当てるべきなのです。
まるでゲームのレベルが上がるように、一つクリアしたら次の課題が見える、というような仕組みを作ってあげる。そうやって、相手が自分の成長を実感できるように導いていくことが、長い道のりを楽しく歩んでもらうための秘訣なのです。
まとめ:あなたは導き方の「ゲームデザイナー」になろう
ここまでお話ししてきたことは、決して特別な才能が必要なわけではありません。「心理学」や「行動経済学」なんて言葉を使うと難しく聞こえるかもしれませんが、本質はとてもシンプルです。
それは、教える相手のことを思いやり、どうすればその人が楽しく一歩を踏み出せるかを考える「ゲームデザイナー」の視点を持つこと。
もし今、あなたの周りに、やる気のスイッチが見つからずに困っている後輩や部下、あるいはサービスを使いこなせずに困っているお客様がいるのなら、ぜひこの視点を試してみてください。
その人は今、「不明確さの壁」と「圧倒の壁」、どちらの前で立ちすくんでいるでしょうか。
もし「不明確さ」で困っているなら、たくさんの選択肢を見せるのをやめて、たった一つの、簡単なミッションを与えてあげましょう。
もし「圧倒」されているように見えたら、壮大なゴールを語るのは一旦お休みして、「今日のこの一歩、素晴らしいですね」と、今できていることを一緒に喜んであげましょう。
あなたというゲームデザイナーが作った、最高の「導き」という名のゲーム。それをクリアした時、彼らはきっと、あなたが想像する以上に大きく成長した主人公になっているはずです。