- 投稿日:2025/10/08

最近、ふとした瞬間に「人とのつながり」について考えることが増えました。新しい環境に飛び込んだとき、何か新しいことを始めようと思ったとき、一人で黙々と作業していると、言いようのない寂しさや心細さを感じることがあります。「誰かと少し話したいな」「同じ目標を持つ仲間がいたらな」なんて、あなたも思ったことはありませんか?
多くの人が集まるイベントや、いつも賑わっているカフェ、活気のあるコミュニティ。そうした場所には、人を惹きつけるどんな秘密があるのでしょうか。単に面白い企画があるから?それとも、そこにいる人たちが特別だから?
実は最近、そのヒントになる、とても興味深い話に出会いました。それは、今から約50年前にビジネスで大きな失敗をした一人の男性の物語です。彼の経験は、私たちが日常や仕事、プライベートで「心地よい居場所」や「自然なつながり」を育むための、大切なヒントを教えてくれます。
今日は、その物語を紐解きながら、人が自然と集まり、関係性が深まっていくメカニズムについて、少しだけ科学的な視点も交えながらお話ししたいと思います。この記事を読み終える頃には、あなたも「自分でも何か始められるかも」と、小さな一歩を踏み出したくなるはずです。
失敗から生まれた、人が集まる「本当の理由」
物語の主人公は、ノーム・ストアーさん。1970年代のアメリカ・イリノイ州で、建設業やレストラン経営などで成功を収めていた人物です。
当時30代後半だった彼は、さらなる成功を夢見てミネアポリスに移り住み、新しいレストランビジネスを立ち上げました。しかし、現実は厳しいものでした。鳴り物入りで始めたビジネスは、わずか2年で破綻してしまったのです。財産を失い、彼は途方に暮れました。
しかし、ストアーさんはただでは起き上がりませんでした。彼は自身の財政状態を立て直すと同時に、こう考えたのです。「自分のような失敗を、他の駆け出しの起業家たちに繰り返してほしくない」と。
その想いから、彼は自身の経験を元に、小規模ビジネスの経営方法を教えるセミナーを始めました。従業員の採用方法、資金繰りのコツといった、すぐに役立つ実践的な内容です。彼のセミナーは評判を呼び、多くのミニ起業家たちが集まり始めました。
ここで、ストアーさんはある興味深い発見をします。
多くの受講生は、最初は彼の経営ノウハウを聞くために集まってきていました。しかし、セミナーが回を重ねるうちに、彼らが参加し続ける理由が少しずつ変わっていったのです。彼らは、ストアーさんの話が終わった後も会場に残り、受講生同士で熱心に話し込んでいました。そう、彼らはストアーさんの話を聞くためだけでなく、「他の受講生と話をするため」に、セミナーへ通い続けていたのです。
人が本当に求めていたのは「ノウハウ」ではなく「つながり」だった
セミナーの初期、参加者の関心は「従業員をどうやって採用するか」「資金をどうやって調達するか」といった、非常に実務的な内容でした。しかし、関係性が深まるにつれて、話題はより個人的で、漠然としたものへと変化していきました。
「起業家としての仕事と、親としての役割をどうやって両立すればいいんだろう?」
「このプレッシャーと、どう向き合えばいいんだろう?」
こうした悩みは、教科書には載っていません。誰かに気軽に相談できる内容でもありません。彼らは、同じ立場だからこそ分かり合える仲間との対話を求めていたのです。
その様子を見て、ストアーさんは確信しました。「起業家やフリーランス、個人事業主にとって一番大きな問題の一つを上げろと言われれば、それは『孤独』だ」と。
この発見に基づき、彼は単なるセミナーではなく、ビジネス戦略について気兼ねなく話し合える場として「インナーサークル」というコミュニティを立ち上げました。
この物語が教えてくれるのは、非常に示唆に富んだ事実です。多くのコミュニティや集まりの入り口は、「何かを学ぶ」「スキルを身につける」といった具体的な目的です。しかし、人々がそこに留まり、心地よさを感じるようになるのは、その場で得られる「人とのつながり」が目的になったときなのです。
私たちの日常に活かす「人が集まる場」の作り方
このストアーさんの話、何か特別な世界の出来事のように聞こえるかもしれません。でも、実は私たちの日常や仕事、プライベートにも応用できるヒントがたくさん詰まっています。
例えば、こんな場面を想像してみてください。
もし、あなたが会社内で新しいスキルを身につけたいと考えているなら、一人で勉強するだけでなく、「週に一度、お昼休みに集まって一緒に勉強しませんか?」と数人に声をかけてみるのはどうでしょうか。
最初は、そのスキルを習得することが目的です。でも、毎週顔を合わせるうちに、「最近、あのプロジェクトどう?」なんて雑談が生まれたり、部署を超えたつながりができたりするかもしれません。勉強会という「目的」が入り口となり、自然なコミュニケーションが生まれ、結果的に仕事全体がスムーズに進むきっかけになる。これはまさに、ストアーさんが発見したメカニズムと同じです。
プライベートでも応用できます。もし、あなたが「もっと本を読みたいな」と思っているなら、近所のカフェで月に一度、「テーマを決めて感想を語り合う読書会」を開いてみるのはどうでしょう。
最初は「本について話す」という目的で集まります。でも、回を重ねるうちに、お互いの人柄や価値観が見えてきて、本以外の話、例えば人生の悩みや将来の夢について語り合う仲になるかもしれません。入り口は読書会という小さなイベントですが、それがやがて、かけがえのない人間関係へと育っていくのです。
大切なのは、「知り合いがいないから…」「自分は内向的だから…」と最初から諦めないことです。もともと外交的で活発な人でなければ、人を集めるイベントを主催できない、なんてことはありません。むしろ、ストアーさんの話は、内向的な人でも参加しやすく、自然と輪が広がっていく仕組みづくりの重要性を示唆しています。
なぜか好きになる?「つながり」を後押しする心理学
ストアーさんの経験則は、実は心理学の観点からもその効果が証明されています。ここでは、私たちの「つながりたい」という気持ちをそっと後押ししてくれる、二つの心理効果をご紹介します。
「単純接触効果」という言葉を聞いたことがありますか?これは、特定の人や物に繰り返し接することで、その対象への好意度が高まるという心理現象です。ザイアンスの法則とも呼ばれます。
ある大学で行われた、こんな研究があります。
大学生を対象に、授業への出席回数が0回、5回、10回、15回と異なる架空の学生の写真を複数見せ、それぞれの印象を尋ねました。すると、驚くべきことに、授業への出席回数が最も多い学生(15回)は、最も少ない学生(0回)に比べて、1.2倍も好意的に評価されるという結果になったのです。
ここでのポイントは、写真の学生と被験者の大学生たちは、一度も直接話したことがない、ということです。つまり、私たちは直接的なコミュニケーションを取らなくても、ただ「その場に一緒にいる」「何度も顔を見る」というだけで、相手に対して無意識に親近感や好感を抱くようになるのです。
これを先ほどの例に当てはめてみましょう。毎週開催される勉強会や、月一の読書会。たとえ毎回深く話せなかったとしても、定期的に顔を合わせる機会があるだけで、参加者同士の心理的な壁は自然と低くなっていきます。「あの人、いつもいるな」という認識が、「顔見知り」に変わり、やがて「仲間」へと変化していくのです。
定期的に集まる機会を作ることは、「また会える」という安心感を生み、より親密なコミュニティを育むための土台となってくれます。
もう一つ、強力な心理効果があります。それは、参加の「表明」をすることが、その後の行動に大きな影響を与えるというものです。
アメリカの地方の高校で、エイズ教育プロジェクトに参加する大学生ボランティアを募集した研究があります。この研究では、学生を二つのグループに分けました。
Aグループ:「ボランティアに参加します」という意思表示の用紙を提出してもらった。
Bグループ:「ボランティアに参加しない場合のみ」不参加の用紙を提出してもらう、という形で募集した(つまり、何もしなければ参加の意思があると見なされる)。
結果はどうだったでしょう。
実際にプロジェクト当日、会場にやってきた学生の割合は、Aグループが74%だったのに対し、Bグループは著しく低い割合でした。自らの意思で「参加します」と能動的に表明したグループの方が、圧倒的に実際の参加率が高かったのです。
これは、「コミットメントと一貫性の原理」と呼ばれるもので、人は一度自分が決めたことや公言したことに対して、一貫した行動を取りたいという心理が働くことを示しています。
「今度のイベント、参加します!」と返事をする。たったこれだけの小さなプロセスが、私たちに行動を促すスイッチになります。期間限定のイベントや、短期的な集まりへの参加表明は、その最初の一歩を踏み出す心理的なハードルをぐっと下げてくれます。そして、その一歩が、「次も参加してみよう」という無意識の働きかけとなり、継続的な関係へとつながっていくのです。
まとめ:あなただけの「サードプレイス」を育むために
今日はお、一人の起業家ノーム・ストアーさんの物語と、二つの心理効果を手がかりに、人が自然と集まり、心地よいつながりが生まれる仕組みについて考えてきました。
彼の失敗から始まった物語は、私たちに大切なことを教えてくれます。
それは、人が本当に求めているのは、ノウハウやスキルそのものだけでなく、同じ志を持つ仲間との「つながり」や、孤独を分かち合える「居場所」だということです。
そして、そうした場所は、誰かが作ってくれるのを待つだけのものではありません。
この記事を読んで、「面白そうだけど、自分には難しそう…」と感じたかもしれません。でも、難しく考える必要はありません。大切なのは、完璧な企画を立てることではなく、まずは小さな一歩を踏み出してみることです。
まずは「目的」を掲げてみる
「朝活で一緒に資格の勉強をしませんか?」「週末に近所を散歩する会を作りませんか?」どんなに小さな目的でも構いません。共通の目的は、人が集まるための自然な「言い訳」になってくれます。
定期的な機会をつくる
たとえ最初は参加者が少なくても、毎週、毎月、同じ時間、同じ場所で続けてみてください。単純接触効果が、少しずつ参加者同士の心の距離を縮めてくれるはずです。
気軽に参加表明できる仕組みをつくる
「興味がある人は、この投稿に『いいね!』してください」といった簡単なアクションで、参加のハードルを下げてみましょう。小さなコミットメントが、次の一歩につながります。
現代は、一人で何でもできる便利な時代です。しかし、だからこそ私たちは、意識的に人とつながる機会を求めるのかもしれません。家庭でも職場でもない、あなたにとっての第三の居場所(サードプレイス)を、今日から少しずつ育ててみませんか?
その小さな一歩が、あなたの日常を今よりもずっと豊かで、温かいものにしてくれるはずです。