- 投稿日:2025/12/19
監視より効く“意外と地味な”不正対策の話
最近、本を読んでいたときに「これは職場でもかなり応用できるな」と膝を打った実験に出会いました。テーマは、ずる・ごまかし・不正です。
不正って聞くと、横領や重大なルール違反みたいな“ド派手な悪事”を想像しがちです。
でも現実で厄介なのは、もっと小さいやつです。
・レシートの処理をちょっと盛る
・セルフレジでスキャン漏れ(わざと/うっかり)
・備品を「1個くらい…」で持っていく
・共有物(傘、トイレットペーパーなど)を自分用にキープ
・在宅勤務で、見えないところのサボりが膨らむ
・会員限定に配布したURLをSNSにアップする
こういう「小さいズル」は、罰則を厳しくしてもゼロになりません。むしろ空気が悪くなって、人間関係コストが爆増します。
では、どうすれば穏便に減らせるのか。
そのヒントになるのが、行動科学で有名な“ズル実験”です。
不正は「損得勘定」だけでは説明できません
ふつうに考えると、不正はこう決まるはずです。
・バレる確率が低いほど増える
・もらえる得が大きいほど増える
・監視が強いほど減る
罰が重いほど減る
このモデルはシンプルで分かりやすいです。
でも、実験をすると「あれ?人間ってその通りじゃないぞ」という結果が出ます。
ポイントはここです。
人は “得” を最大化したい気持ちと同時に、
「自分は正直な人間だ」という自己イメージも守りたい。
だから、人は「バレる/バレない」だけでズルをしません。
「自分の中で正当化できる範囲」で、ちょっとだけズルをします。
実験1:ズルがバレにくいと、人はどれだけズルするのか
まず紹介したいのが、「ズルしやすい状況を作ると、人はどれだけごまかすのか?」を測った実験です。
被験者は学生たち。やることは“テストっぽい単純作業”です。
たとえば「3桁の数字が並ぶ表から、足して10になる2つを見つける」みたいな問題を、制限時間内にたくさん解きます(能力自慢になりにくいタスクにしているのがミソです)。
報酬は、正解1問につき10セント。今の感覚で言えば、だいたい1問15円くらいです。
ここからが本題で、参加者を「ズル可能レベル」で分けます。
レベル0:答案を提出して採点される(ズルしにくい)
レベル1:答えがうっすら見える等、ズルの誘惑が目の前にある
レベル2:証拠になりそうな用紙を自分で処分できる(バレにくい)
レベル3:証拠も提出もなく、自己申告でお金を取れる(ほぼバレない)
要するに「どんどんバレにくくしていく」設計です。
結果:人はズルする。でも、爆発はしない
平均点はこうなりました。
レベル0(ズルしにくい):32.6
レベル1〜3(ズルしやすい側):36.2 / 35.9 / 36.1
つまり、ズルしやすい条件だと平均点が上がります。
多くの人が、少しだけ“盛った”と考えるのが自然です。
ここで面白いのが2点あります。
1)「悪い人が一部だけ大暴れ」ではなかった
点数を引き上げたのは、極端な不正者の一部ではなく、分布全体が右にズレる形でした。
つまり“大多数がちょっとだけズルした”のです。
2)バレない状況を極限まで上げても、ズルの量はあまり増えなかった
レベル1〜3の平均がほぼ同じです。
「完全にバレないなら、最大まで奪う」にはならなかった。
この結果は、「人は利益最大化マシンではない」ことを示唆します。
むしろ、
“少しだけ”なら自分の中で言い訳できる
“やりすぎ”は自分が嫌になる
この心理の方が、現実の不正に近いです。
実験2:不正を減らすスイッチは「道徳の想起」でした
ここまでだと「人間ってズルいですね」で終わりそうですが、続きが本番です。
実験では、不正を減らす方法も試しています。
それが「道徳的なことを思い出させる(=誠実さを意識させる)」というアプローチです。
2-1:道徳を思い出させると、不正が減る
ある実験では、問題を解く直前に
・高校で読んだ本を10個思い出す(道徳と無関係)
・モーセの十戒を思い出す(道徳を想起)
このどちらかをやらせました。
その後、ズルできる条件(答案を持ち帰れるような設計)にすると、
・道徳と無関係な想起:ズルが起きる
・十戒の想起:ズルがほぼ消える(ズルできない条件と同程度)
という結果が出ました。
2-2:誓約文に署名させると、不正が減る
次に、テスト用紙の上部にこう書きます。
「この短い調査は、無監督試験制度(Honor System)のもとで行われることを理解しています」
これに署名してから問題を解かせます。
結果はシンプルです。
ズル可能:平均5.5
ズル不可:平均3.3
ズル可能+署名:平均3.0(ズル不可と同程度)
署名があるだけで、ズルが消えたわけです。
ここで重要なのは、「宗教を信じてるかどうか」ではありません。
十戒を全部思い出せた人ほど正直、みたいな話でもありません。
効いているのは、かなり現実的な仕組みです。
ズルする直前に自分の中の“正直でありたい気持ち”を起こす
その結果、「ちょいズル」が“言い訳しにくくなる”これだけです。
さらに現実っぽい話:お金から“ワンクッション”離れるとズルが増える
この研究がもう一段イヤらしくて面白いのはここです。
報酬を「現金」じゃなくて「トークン(引換券)」にすると、ズルの量が増えました。
現金をごまかしていると罪悪感が出る人でも、
「トークンをちょっと多めに申告」だと、自己正当化しやすい。
これ、職場で起きがちな
経費
ポイント
クーポン
会社の備品
デジタルデータ(URL、権限、アカウント)
みたいな「お金っぽいけどお金じゃないもの」でズルが増える理由に直結します。
現場への応用:トイレットペーパー泥棒が消えた話
ここで、現実に起きた面白い話をひとつ紹介します。
シェアハウスで、トイレットペーパーが消える。
週1で補充しても、次の日にはゼロ。
犯人は、特定の同居人が自分用に溜め込んでいた。
でも、直接攻撃すると人間関係が壊れます。
目的は「トイレットペーパーを使いたい」のであって「戦争したい」わけではありません。
そこで、2階のトイレだけに「道徳心を思い出させる張り紙」を貼った。
すると、2階には未使用のトイレットペーパーが戻ってきた。
1階は相変わらず消える。
これが示しているのは、「人は環境に反応する」ということです。
本人の人格を叩くより、“誘惑の瞬間”の設計を変えるほうが穏便で効くことがあります。
「道徳の張り紙」を職場で使うときのコツ
ここからが、職場に持ち帰るパートです。
コツ1:貼る場所は「発生地点」一択です
入口でも掲示板でもなく、ズルが起きる場所の“ど真ん中”です。
・セルフレジならスキャン台の真正面
・経費なら申請ボタンの直前
・URL共有ならリンクのすぐ上
・トイレなら、出る直前に必ず目に入る位置
・在宅なら、始業報告フォームやタイムカードの直前
「直前」でないと効きにくい、というのが重要ポイントです。
コツ2:「困ってます」より「あなたはどんな人ですか?」が効きます
ありがちな張り紙はこうです。
「汚されて困っています」
「盗難が多発しています」
「やめてください」
これ、場合によっては逆効果です。
“そんなに多いんだ=みんなやってるんだ”と伝えてしまうからです。
おすすめは、説教ではなく「アイデンティティ(自分像)」を刺激する文章です。
たとえば:
・このトイレは、使う人の品格が表れる場所です。見えないところほど丁寧に扱える人は、どこでも信頼されます。
・ここは「ちゃんとした人」が集まる場所にしたいです。だからトイレも、静かにきれいが保たれています。
・かっこいい人は、去り際がきれいです。入った時より、少しだけ整えて出る。その一手間が、あなたの美学です。
このタイプは、説教になりにくいのが強みです。
コツ3:「曖昧さ」を減らすと“ちょいズル”が減ります
人がズルしやすいのは「言い訳できる曖昧さ」があるときです。
・経費のグレーゾーン
・“社用と私用の境界”が曖昧
・“どこまでOKか”が人によって違う
ここは、監視よりも「具体例」を増やすほうが効くことが多いです。
「これはOK/これはNG」の例を短く出して、正当化の余地を減らします。
コツ4:同じ張り紙は“風景”になります
道徳的な文言は、慣れるとただの背景になります。
なので、運用としては
・月1で差し替える
・文体を変える(短文/一言/イラスト/投票形式)
・場所を限定する(全域に貼らない)
このあたりをセットでやるのがおすすめです。
応用例:職場の「ちょいズルポイント」一覧
挙げると、こういう“カテゴリ”になります。
・共有資源:傘立て、備品、食堂の備品、トイレットペーパー
・自己申告:経費、日報、在宅の稼働、申請書
・デジタル:会員限定URL、権限、ライセンス、アカウント共有
・金銭のクッション:ポイント、トークン、クーポン、社内通貨
ここに「直前の道徳リマインド」や「署名(誓約)」を入れると、摩擦少なく効く可能性があります。
注意点:この手法は“魔法”ではありません
最後に、ここは正直に書いておきます。
道徳を思い出させると不正が減る、という有名な実験はありますが、後年の大規模な追試では同じ効果が確認できない報告も出ています。
また、署名を先にさせると正直になる、というアイデアも、追試では効果が見られなかったという報告があります。
つまり、「貼れば必ず不正ゼロ」という万能技ではありません。
ただ、現場目線で言うとそれでも価値があります。
・罰則強化は空気を悪くしがち
・監視強化はコストが高い
・道徳リマインドは安い、穏便、試しやすい
この“低コストで試せる武器”を持っておくと、運営側のジレンマ(厳しくしたくないが、ズルも困る)をかなり軽くできます。
まとめ:不正を減らす鍵は「正しさを思い出させるタイミング」です
人は、完全な善人でも完全な悪人でもありません。
多くの人は「正直でありたい」と思っています。
だからこそ、
・不正が起きる“直前”に正直さを思い出させる(署名、短い文、規範の肯定)
・言い訳できる曖昧さを減らす
・風景化しないように運用する
この設計で、“ちょいズル”は静かに減る可能性があります。
監視カメラを増やすより先に、貼る文章を1枚見直す。
この順番で試してみる価値は、十分あると思います。