- 投稿日:2025/12/21
- 更新日:2025/12/21
新卒で入社してから15年。同じデスクに座り、慣れ親しんだ顔ぶれに囲まれ、会社の「当たり前」が自分の「当たり前」になっていました。
居心地が悪いわけではないけれど、心のどこかでずっと、静かな停滞を感じていたのも事実です。
〜自分には目立った専門スキルもない〜
だからここで定年まで過ごすのが正解なのだと、自分に言い聞かせてきました。しかし、あるとき気づいたのです。
本当に守るべきは「会社での立場」ではなく「自分の人生の輪郭」ではないか、と。これは、15年の重みを手放し、自らの意思で環境を選び直した、ある決断の記録です。
15年という歳月が、いつの間にか「見えない壁」になっていた
ひとつの場所に長く留まることは、美徳とされる一方で、時に人の思考を硬直させます。15年もいれば、社内の調整能力は上がりますが、それはあくまで「その会社限定」のスキルに過ぎないのではないか。そんな不安が、常に胸の奥に澱(おり)のように溜まっていました。
会社独自のルールに精通しているだけではないか外の世界で通用する武器を、自分は持っているのかこのまま40代、50代を迎えて、動けなくなるのではないか
「専門性がない」という自己評価は、新しい一歩を阻む強力なブレーキになります。
しかし、「何ができるか」に固執するあまり、「どう生きたいか」を後回しにしていたことに、当時の私は気づいていませんでした。

「動かないリスク」を直視する
私が転職を決意した決定的な理由は、キャリアアップという華やかな目的ではなく、もっと切実な「生活の防衛」でした。私の勤めていた環境では、常に単身赴任の可能性がつきまとっていました。
会社に従うことが美徳とされる文化の中で、家族と離れて暮らすリスクを「仕方のないこと」として受け入れる。そんな未来を想像したとき、初めて強い拒絶反応が起きました。
家族との日常を犠牲にしてまで守るべき「安定」とは何か自分のメンタルが削られていくのを、あと何年見過ごすのか
環境を変えないことは、現状維持ではなく「リスクを放置すること」と同義です。 専門性に自信がないからこそ、せめて「自分が納得できる環境」に身を置く権利だけは手放してはいけない。そう強く感じたのです。

専門性よりも「納得感」を優先した結果
意を決して踏み出した転職活動は、意外な結果をもたらしました。特別な資格や輝かしい実績がなくても、15年間ひとつの場所で積み上げてきた「誠実さ」や「適応力」を評価してくれる場所があったのです。
結果として、私は以下の条件を手にすることができました。
①年収30万円アップという正当な市場価値の再確認
②転勤のない会社への移籍による、「家族との時間」の確定
③いつ辞令が出るかわからない不安からの解放と、メンタルの安定。
転職は「自分を再定義する」作業
転職活動を通じて感じたのは、自分の価値を決めるのは自分ではなく、環境であるということです。ある場所では「代わりのきく15年選手」でも、別の場所では「経験豊富な即戦力」になり得ます。「自分には何もない」という思い込みを捨てることが、最大の壁を壊す鍵でした。

決断力とは、未来を予知することではなく「自分を信じる」こと
「決断力がある人」とは、決して迷わない人のことではありません。
迷いながらも、最後に「自分の人生の手綱を自分に引き戻す」ことができる人のことです。
15年勤めた会社を去る時、寂しさや申し訳なさがなかったと言えば嘘になります。しかし、新しい環境で家族と夕食を囲み、穏やかな気持ちで眠りにつく今、あの時の決断は間違っていなかったと断言できます。
専門性がないから動けない、はただの呪縛自分の人生の優先順位(家族・健康・時間)を一番上に置くほんの少しの勇気が、数十年続くはずだった不安を消し去る
もし、今の環境に「静かな違和感」を抱えているのなら、その直感を無視しないでください。あなたを救うのは会社ではなく、あなたの下す「決断」だけなのです。
