- 投稿日:2026/03/15
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※この記事は
【保存版】努力大国・日本の正体──なぜ頑張っても社会は軽くならないのか
の第5章です。
企業だけの話ではない。
属人企業が量産される背景には、社会全体が「属人で回る設計」に最適化されている構造がある。
なぜこんなに疲れるのか。
なぜ再発が止まらないのか。
なぜ優秀な人ほど燃え尽きるのか。
なぜ税も保険も上がり、手取りは増えず、現場だけが摩耗するのか。
それは国民性でも、努力不足でもない。
まして「人材不足」でもない。
属人社会という設計の累積帰結である。
属人社会とは、
仕組みではなく、個人の善意・忍耐・自己犠牲によって社会機能を維持している状態。
見た目は回っている。
だが実際には、社会の各所で「余力」が吸収材として消費され続けている。
属人社会の構造的な歪み
損失が“損失として扱われない”
属人社会で増えているのはコストではない。損失である。
しかしこの社会は、その損失を損失として扱わない。
なぜなら、損失がすべて「努力」「現場力」「頑張り」で美談化されるからだ。
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