- 投稿日:2023/12/19
- 更新日:2026/03/08
序章
「終活」――
すっかり
世間に定着した言葉ですが、
僕の父には、
その響きが
どうにも馴染まなかった。
話を切り出せば、
いつも決まって
怪訝な顔をされる。
触れてはいけない話題に
踏み込んだかのように。
僕もまた、
内心ではどこかで楽観していた。
「まぁ、まだ元気なんだし、
大丈夫か」
そんな安易な予想は、
あっけなく裏切られる。
──急性くも膜下出血。
まさに、それは突然だった。
たった2日前、
父は競艇場に出かけていた。
楽しそうに、
舟券を握っていたはずの人が、
朝、台所で──
音もなく、叫びもせず、
倒れていた。
そこから時間が牙をむく。
容赦のない現実が、
矢継ぎ早に押し寄せてくる。
さまざまな出費と決断が、
残された僕ひとりの肩に
次々と降り注ぐ。
準備も、猶予も、何もない。
まるで、
父がその場を去ることで、
避け続けていた最悪の未来を、
炙り出してくるかのように。
警察による検視
自宅で亡くなった場合、
事件性の有無を調べるため、
警察が来ます。
警察は、
救急車で来た隊員さんが
呼んでくれるので、
先ず呼ぶのは
『119』の救急車です。
『取り調べ』と言うと、
少々重苦しく聞こえますが、
遺体のある現場から離され、
状況などを事細かく聞かれます。
疑っているというよりは、
遺体を運ぶ現場を見せないため。
警察なりの
心遣いかもしれません。
遺体が警察の車輌に移されると、
最寄りの警察署に運ばれ
死因の調査。
その後、警察へ
遺体の引き取りに向かいます。
大体、この時間が3~4時間。
救急車を呼んでから、
ようやく
『自由時間』となりますが、
そんな
悠長なものではありません。
この時間内に、
身内への報告。
近所への報告。
そして、
短くも太く付き合うことになる、
葬儀屋さんを
決めなければなりません。
至れり尽くせりの葬儀屋さん
業者に頼む場合、
普段なら
相見積もりが基本ですが、
このような状況では土台無理。
葬儀屋さんを選ぶのは、
ほぼ決めつけでいくしかない。
僕の場合は、
近所に報告に行った際、
今回お世話になる葬儀屋さんを
紹介していただきました。
結論からいえば、
とてもいい葬儀屋さんです。
その分、
出費はかさみましたが……。
葬儀屋さんに連絡し、
葬儀のお願いをすると、
ここからは完全に流れ作業です。
葬儀屋さんは最小の指示のみで、
警察や役所などへの手続きは、
葬儀屋さんが
率先して行ってくれます。
・遺体の搬送
・死亡届の申請
・火葬許可の申請
これら全て葬儀屋さんのお仕事。
こちらが集中すべき事は、
明日に控えたお通夜と、
大きな出費になるであろう、
明後日の葬儀についてです。
最初の出費
人が亡くなった際、
最初の出費となるのが、
『死亡診断書の発行』
でしょうか。
ただし、僕の父親のように、
警察の検視が行われると、
『死体検案書』
という書類となり、
お値段も高くなります。
ちなみに、
父親の死体検案書は、
22,000円。
現金一括払いのみ。
警察署に
遺体を引き取りに行く前に、
病院に支払いに行きます。
目下の大きな出費となると、
この書類ぐらいで、
肝心の葬儀代も、
急いで払う必要はありません。
今回の場合、
葬儀は11月11日に執り行い、
その葬儀代の支払いは11月30日。
相続の手続きを終え、
父親の貯金が
僕の口座に振り込まれてから、
葬儀屋さんへ支払いました。
その間、支払いを
催促されることはありません。
葬儀の2日後、
カタログを持参した
従業員の方が自宅に来て、
「困った事があれば、
いつでもご相談を」
と、挨拶しに来ました。
もしかしてあれは、
身辺調査を兼ねた、
偵察だったかもしれません。
2日後に燃やす物にいくら出せるか
『コスト・パフォーマンス』
物やサービスを
購入する際の目安ですが、
葬儀代に関しては論外です。
少なくとも
僕が今回の葬儀で考慮した点は、
「いかに良く見せるか」
100万近くのお金を
費やした理由は、
ただの「見栄」です。
はたから見ると
バカバカしく見えますが、
タイムリミットと
身内からの手引によって、
冷静な計算は、
全く役に立ちませんでした。
仮に僕の父親が、
今回の葬儀プランを見れば、
「もったいない」
と、一笑に付したのは確実。
生前に決めておいてくれれば、
最安プランであっても、
「父の意向で」
と、いう大義名分が立ちます。
しかし父亡き今、
僕の判断で最安プランを選べば、
「ケチくさい」
と、いう汚点が生じる。
僕の両隣にいる身内は、
「これは綺麗、あちらも素敵」
と、葬儀カタログに夢中。
僕が迷っていれば、
「長男なんだから
ええ葬式にしてやれ」
と、父が長男であることから、
叔父から妙なバイアスが加わる。
結果、
明後日には燃やす棺には、
精巧な細工が加わり、
父と共に燃やされる死装束も、
軽く10万の値を超えた。
敵か味方か葬儀屋さん
葬儀をお願いしてからは、
葬儀屋さんのスタッフ一同、
本当に親身になって、
遺族を支えてくださいます。
それも全ては、
この葬儀代のためであるのは、
動かし難い事実でしょうが、
決して、
最安プランだからといって、
対応がぞんざいになるとも
思えません。
ただただ、
この手厚いサポートが、
心身共に弱っている身には、
とても深く突き刺さるのです。
『ストックホルム症候群』
と、いうわけではないのですが、
非日常の葬儀場で共に過ごし、
濃密な時間を共有することで、
「ここまでしくれるなら、
こちらも誠意を示さねば」
と、いう
返報性の原理が働くため、
財布の紐も緩くなります。
葬儀屋さんは『ぼったくり価格』なのか
そもそも、ぼったくりなのかは、
比較対象しないと分かりません。
目の前に葬儀を控えた時分に、
ネットを駆使して、
適正価格なのかを調べるなんて、
到底不可能です。
こちらに与えられた情報は、
葬儀一式のパンフレットと、
担当者の営業トーク。
それと、身内からの助言です。
首を横に回せば、
先日まで
ギャンブルに勤しんでいた父が、
他人事のように眠っている。
思い返せば父が倒れてから、
救急車の到着まで、
心臓マッサージをしたぐらいで、
それ以降は葬儀屋さん頼り。
遺体の搬送と安置。
役所の手続きから、
遺体を洗い清め衣装を変え、
化粧を施し納棺する。
愛する家族の死に対して、
遺族ができることは、
お金を出すぐらいです。
面倒なことは全て
葬儀屋さんに丸投げしておいて、
葬儀プランの話し合いになると、
「いやこれ、
ぼったくりでしょ!」
と、担当者に詰め寄れば、
大したものです。
この時の僕の心境は、
「早く終わらせたい」
と、いうのが正直な気持ち。
価格交渉などは無駄に思えて、
無力感しかない。
とにかく、この時の僕は、
とても疲れていたのです。
人にだまされることは決してない。
自分にだまされるのだ。 by ゲーテ
頭ではちゃんと、
「これ高すぎない?」
なんて考えは当然湧きますが、
身内の死と、
疲労した身体。
限られた情報と、
追い込まれる時間。
あなたはこの状況の中、
冷静沈着に
算盤勘定ができるでしょうか。
決断すべき項目は相当な数です。
主たる祭壇の規模から、
お通夜や葬儀や火葬場での
参列者の人数。
料理のメニューから数量、
遺影や骨壷のデザインまで。
「もう好きにしてよ……」
って言いたくなるぐらい、
大小様々な決め事が、
遺族に襲いかかって来るのです。
もう、お気付きだと思いますが、
親が亡くなってから、
葬儀屋さんを選んでいる時点で、
すでに詰んでいます。
こんなワンサイドゲームを
避けるためにも、
『終活』は必須です。
せめて、葬儀屋さんだけでも、
生前に決めておいてくれれば、
遺族の負担は
かなり軽減されるでしょう。
ダンボールを積み上げたような
貧素な祭壇でも、
有名芸能人のような、
お花畑のような豪華な祭壇でも、
親が自分で決めたのであれば、
残った者はその意志を継ぎ、
喜んで葬儀を執行いたします。
もちろん、
それなりのモノというか……、
誠意というか……、
要するに、
遺産次第ですわ。
ありがとうございました。
次回予告
100万以上の葬儀代は、
父親の遺産頼り。
とてもいいカモだったのか、
葬儀屋さんからは
支払いの催促は無し。
しかし、父の遺産は、
どこにいくらあるかは未だ不明。
疲弊した身であろうと、
葬儀後も休む間もなく、
相続手続きに必要な、
各金融機関の
膨大な資料集めが今始まる。
次回、
当然の親の死
かかる費用と手間
【相続準備編】
君は、
生き延びることができるか。
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当然の親の死
かかる費用と手間 全四篇
・重圧葬儀編
・相続準備編
・相続激闘編
・郵貯死闘篇
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