- 投稿日:2024/06/09
- 更新日:2025/09/29

はじめに
クモと借金?
今回は投資家であるクモの博打のお話。
正確には借金というより、"貧すれば鈍する"といった感じのお話です。
ヒトは経済的に余裕がなくなると、頭の回転が鈍くなったり(借金するとIQが下がるという研究もあります)、心がすさんだりします。
自然界でも
「経済的にピンチになると大博打を打つ」
という説があります。
クモの世界から、自然界の本能を理解し、本能と理論を理解して最適な選択をできるようにしましょう!
コオロギ編でも書きましたが、生物の行動は経済学と大いに関係がありますので最後までご覧ください。
経済学は進化生態学に含まれる
進化生態学とは"今いる生き物たちの行動や生態を理論的に調べる学問"です。生物は基本的には「生まれる」「生き残る」「育つ」「繁殖する」を繰り返します。
その際に大事な要素が、「敵に食べられないこと(守る力)」「効率よく餌を摂取すること(稼ぐ力)」「配偶相手を見つけること(有性生殖の場合)」の3つです。生物における稼ぐ力を最適採餌戦略と言います。
ヒトも生物である以上この枠組みです。経済学はヒトにおける最適採餌戦略に特化した学問であるため、進化生態学の範疇であるといえるでしょう。
クモの経済
クモは投資家である
いわゆるクモの巣 ↓こんな感じのヤツを見たことはありますか?
(余談ですが、クモの"巣"はクモの"網"と言いますし、上記の絵は形態的に間違っています。話の本題から逸れますが、上記の絵をクモの"巣"というヒトは、クモ界隈ではモグリ扱いされますので注意しましょう。)
さて、そんなクモの網ですが、理論を検証するうえでは非常に良い題材です。
それは下記の理由からです。
・クモの糸はタンパク質で出来ている
・クモの網にはタンパク質が大量に使われている
・クモの網で餌を捕獲して食べている(タンパク質を補給している)
これが何を意味しているかというと"先行投資"です。
クモは将来得られるかどうかわからない、餌(リターン)に、自らの貴重なタンパク質(リソース)を投じています。
さて、ここでクモは意思決定をしなければなりません。
それが
✅どのような網を張るのか?(ミクロ視点)
そして
✅どこに網を張るのか?(マクロ視点)
それぞれに細かい戦略がありますが、今回は主に後者の視点から
借金によるデメリットを深堀します。
最終目的は産卵
前章にて、「クモは投資家である」と説明しましたが、クモは別にお金持ちを目指して投資しているわけではありません(おそらく)。
クモ界におけるお金とはタンパク質であり、そのタンパク質は最終的にはほとんど卵に変換されます。
大きい網を張って、せっせと餌を集めているクモはほとんどメスです。
(網を張るタイプのクモではオスは大人になると狩はほとんどしません)
ヒトのように生殖可能になったあとに長生きする生き物は自然界では稀で、多くの生物は生殖可能になって、産卵すると割とすぐに絶命します。
生物は遺伝子の乗り物である
閾値(いきち)がある
さて、前章にてクモの最終目的は産卵と言いましたが、本章では産卵と餌の関係について記載します。
産卵と餌については、乱暴に言うと
”食えば食うほど、卵を多く産める”
ということです。
これは感覚的にも分かると思いますが、いっぱい餌を食べたほうがいっぱい卵を産めそうな気はしますよね。
ところが、正比例すること自体は間違いないのですが、もう一つ重要な視点があり、それは産卵には閾値があるということです。
閾値とは境界の値のことで、0か1、つまり卵を産めるか産めないかというラインです。
つまり、ある一定のラインまで餌がとれなければ、結果的には産卵数0という最低値になってしまうということです。
この産卵数0という結果、後々重要になるので覚えておいてください。
生き延びる餌と卵を産む餌は別
クモの網には大小さまざまな餌がかかりますが、好き嫌いは少なく、大体何でも食べます。
しかし、種類によっては大きい餌を食べないと産卵ができないことが知られています。
ヒト風にいうと、生活費(小型餌)、遊興費・貯蓄・投資資金(大型餌)といった感じでしょうか。
いずれにせよ産卵するには大型の餌を捕獲する必要があります。
貧乏なクモは・・・
さて、ここからが本記事のメインとなる
経済的にピンチなクモがどうなるか?
という話です。
結論から言うと"一発逆転の大博打"に出ます。
クモ界においては
天敵に食われるリスクは高いが、大きな餌を捕れる可能性も高い開けた空間(オープンな空間)
と
天敵に食われるリスクは低いが、大きな餌を捕れる可能性が低い閉じた空間(クローズドな空間)
が存在します。
そのため
✅ハイリスクハイリターンのオープンな空間に網を張る
✅ローリスクローリターンなクローズドな空間に網を張る
どちらかを選択することになります。
クモ界においても、ちゃんとリスクとリターンが釣り合っていますね。
さて、餌が捕れず、空腹のクモがいたとします。
彼女はどういう行動をとるでしょうか?
そう、産卵のために危険度の高いオープンな空間へ行くのです。
これが
"選択肢が狭まった結果、リスクの大きい行動をしまう"
仕組みです。
ヒトに例えると
ピンチはチャンス・・・じゃない!
ピンチはチャンスなどではなく、紛れもなく「ピンチはピンチ」なのです。オープンな空間へ行ったクモは多くが敵に食われてしまいますが、運よく生き延びたクモが大きい餌にありつけます。大きな餌をゲットてきたクモは、たまたま食われなかっただけの話です。
もう一度言います。大多数は敗者となり、遺伝子は消滅します。
ギャンブル漫画「カイジ」から学ぶ
ちょうどいい例として「賭博堕天録カイジ」という漫画からエピソードを紹介します。
若干のネタバレもあるので、嫌な人は飛ばしてください。
1.主人公カイジは社長とタイマンのギャンブル勝負をする
2.カイジは連戦する中、途中で軍資金が尽きてしまい、観覧車の金持ち"坊ちゃん"からの資金援助を受けながら勝負を継続(他人の金でギャンブル継続)
3.借金の正体はカイジにかけられた生命保険であるため、負けた場合はカイジは死んでしまうことが判明
4.そのため、坊ちゃんは追加の融資は出来ないと発言するが、同時に1回の勝負に限り金の面倒を見てくれることを約束
5.カイジは故意の引き分けにより、レートを吊り上げる(リスクとリターンを大きくする)
細かい部分は省略しますが、カイジはギャンブルに負ければ死ぬ状態のため、リターンを可能な限り大きくする戦略に出たわけです(ついでに対戦相手に心理的プレッシャーをかけます)。
余談ですが、この話で個人的に好きなシーンがあり、次のような内容です。
カイジが勝利後に対戦相手の社長に
「地道に行こう👍」
とらしくない爽やかな表情とポーズで発言したところです。
(カイジの言動は大いに矛盾しているため、社長はキレます)
ヒトとクモの違い
クモとカイジの話から、ピンチになった場合は
"どうせこのままだと、じり貧で死ぬので、大博打を打ったほうがいい"
という結論が導き出せますが、果たしてそうでしょうか?
進化生態学におけるゲーム理論では
・short-term benefit(短期的な利益)
・long-term benefit (長期的な利益)
を明確に区分しており、現存する生物はlong-term benefitを優先することが多いことが知られています(より適応的な戦略であると考えられる)。
さらに現代日本におけるヒトの寿命はとても長いです。人生が長期戦であるからこそ、安易に目先の利益を追求しないほうがいいということですね。
分を超えた借金そのものがshort-term benefitであり、さらなるshort-term benefitの入り口となるため、まさしく「借金なんてするんじゃねぇ」というわけです。
(long-term benefit的な借金もありますが、今回は割愛します)
まとめ
✅クモも借金してる
糸は先行投資。餌が捕れなければ赤字
✅じり貧になると大博打を打つ
座して死を待つか?大博打で一発逆転を狙うか?の2択になると
可能性のある後者を選んでしまう
本能的にはヒトもクモも同じ
✅ヒトとクモの違い
ヒトの寿命は長い。特に現代日本では人生は長期戦。
あせらず、地道にコツコツ行こう。
参考文献|クモの生物学 第8章 編集:宮下 直
Animal Behavior ninth edition chapter7 Jonh Alcock