- 投稿日:2024/05/09
- 更新日:2025/09/29

はじめに
コオロギと借金?
コオロギと借金は全く関係がなさそうに思えますよね?ところが、コオロギのように自然界に生きる生物でも借金と似たような行動をとります。
つまり借金とは本質的には人間独自のものではなく、自然界における現象の一つなのです。
というわけでこの記事を最後まで読めば秋の夜長にコオロギの鳴き声を聞いて
「ああ、いい声で鳴いてるコオロギだけど、時間割引に勝てないのか~。粘ってイケメンコオロギを見つけることが最終的には一番いい選択なのにね。やはり自制心・・・自制心はすべてを解決する!」
と思えること間違いなしです!
経済学は進化生態学に含まれる
進化生態学とは"今いる生き物たちの行動や生態を理論的に調べる学問"です。生物は基本的には「生まれる」「生き残る」「育つ」「繁殖する」を繰り返します。
その際に大事な要素が、「敵に食べられないこと(守る力)」「効率よく餌を摂取すること(稼ぐ力)」「配偶相手を見つけること(有性生殖の場合)」の3つです。生物における稼ぐ力を最適採餌戦略と言います。
ヒトも生物である以上この枠組みです。経済学はヒトにおける最適採餌戦略に特化した学問であるため、進化生態学の範疇であるといえるでしょう。
借金とは?
お金を借りる行為のことです。ところで、そのお金どこから出ていますか?
正解は"未来の自分"からです。
他人から借りている気分(物質的にもそう)ですが、原理的には未来の自分から前借しています。
未来の100万円と現在の100万円は価値が異なる
さて、あなたが何らかの労働をした対価として
A.今日100万円を受け取る
B.1年後に100万円を受け取る
どちらを選択しますか?
おそらくほとんどの人がAを選択するでしょう。
これは本能的なものであり、ヒトは「今すぐ」もらえる報酬の価値を大きく感じます。
借金の利子
今すぐもらえる報酬の価値を高く感じ、未来にもらえる報酬を安く感じる感覚を時間割引と言います。
借金の利子というのは時間割引を利用したシステムです。
「え?今借りたお金に利率がかかって、その分を払うのが利子なんじゃないの?今のお金は割り引かれてないよ?」
と思った人、間違いではありませんが下記のように考えてみましょう。
100万円の借金を年利5%でした
↓
105万円を1年後に返した
これは「1年後にもらえる105万円を、今100万円で受け取った」と置き換えることが出来ます。
実際には複利などでもっと複雑になりますが、借金とは極論では
「未来にもらえるより大きい報酬を、今小さく受け取る行為」
にほかなりません。
割引率の感覚
時間割引の自体はほとんどのヒトが持っていますが、その割引率は個人によって異なります。
例えば
A.今日100万円を受け取る
B.1年後に101万円を受け取る
だとどうでしょうか?この1年後にもらう金額が101万円、102万円、103万円・・・といくらならBを選択するのか?はヒトによって異なります。
この割引率が低い人は安い金利でなければ、借金はしません。
逆に割引率が高いと、高い金利でも借金をしてしまいます。
フィクションの話ですが、闇金ウシジマくんという漫画では先に利息を天引きして、5万円の借金に対して、3万円しか現金を渡さないといった描写があります。
これこそが、将来の5万円に対して現在の(目減りした)現金3万円を受け取ってしまう、時間割引率の高い債務者をリアルに描いていると言えるでしょう。
コラム:借金と投資の関係
ちなみに借金と投資は真逆の行為です。借金は未来から現在へ時間割引されたお金を引き出しますが、投資は現在のお金を未来へ送ることで時間割引を逆方向に働かせ利子を受け取ります。
株などの資産価値の変動が大きいものについては、ピンと来ないかもしれませんが、満期償還型の債権や保険などは完全にこの考え方が当てはまります。
投資については
"カブトガニに学ぶ、投資は長い目で見ろ"をいずれ掲載予定です。
マシュマロ実験
マシュマロ実験という個人の割引率を調査した実験があります。これにより、割引率が低い人ほど優秀であるという結論が導き出されました。
割引率の低い人というのは自制心が高い人のことです。
概要
1.4歳の目の前にマシュマロが一つ乗っている皿を出す
2.「15分後にまた来るけど、食べずに我慢出来たらもう一つマシュマロをあげるよ」と伝えて大人は部屋を出る。
3.監視カメラで子どもがマシュマロを食べてしまうか観察
4.マシュマロを食べずに我慢できた子どもは、生涯にわたり食べてしまった子どもと比較して高い知能を持っていることを確認
反論
ところがこの実験、再調査したところ
子どもの持つ先天的な我慢強さ
よりも
子どもの育った環境(両親の経済状況や約束を守る家庭か等の教育面)
が強く影響してるのではないかという結果が出ています。
現在はこの考えが主流のようです。
先天or後天?
自制心があるから経済的に成功するのか?
経済的に成功している家庭だから自制心が高いのか?
個人的には両方の要素があるのではないかと思っています。
つまり借金するほど自制心が低くなり、高い割引率でも手を出してしまうという負のループです。
主要因が仮に先天であっても、後天の影響があるということが分かっている以上、環境を整えるのは重要であると言えましょう。
学長の「借金なんかするんじゃねぇ」はそれを端的に捉えた言葉であり、借金が借金を呼ぶことへの注意喚起と言えるでしょう。
経済環境によるリスクへの感度の変化は次回投稿予定の
"クモに学ぶ、借金なんかするんじゃねぇ"で解説するつもりです。
コオロギの婚活
コオロギ界のイケメン
さて、前置きが長くなりましたが、ここからがコオロギの話題。
コオロギ界においては、鳴き声が「音が高い」「長時間継続する」個体がいいオスとされています。
ちなみにコオロギは喉で鳴いているわけではなく、背中の羽をヤスリのように擦り合わせて鳴いています。また、鳴くのはオスだけです。
つまり、高音で長く鳴けるオスはイケメンなのです。
※なにをもって"良い"とするかは、性選択における優良個体仮説、ハンデキャップ仮説、ランナウェイ仮説 等諸説あるため、今回は割愛します。
遠くのイケメンはスルーする
さて、そうなると理論上はイケメンのオスにコオロギが群がり、それ以外のオスにはメスと交尾するチャンスはありません。
(※性選択の理論は割愛しますが、コオロギはメスに選択権があると認識しておいてください。)
ところが、現実にはイケメンではないコオロギのオスもメスとつがいになります。
そのときの主な要因は「近さ」です。メスは時間割引の概念から遠くにいるイケメンコオロギを「未来に対する高い報酬」と認識し、近くにいるフツメンコオロギを「現在の割り引かれた報酬」と認識します。
ヒトにとっては短い距離でも(公園内の端から端)、コオロギにとっては大移動となるため、遠くへ移動することは不確実な未来なのです。
こうしてイケメンではないオスにもチャンスは訪れ、コオロギ界全体では多様性が保たれます。
※自制心は現代日本ヒト社会のように安定した環境では、優位に働く可能性は高いですが、すべての環境に適しているというわけでもありません。
このあたりについても
"カブトガニに学ぶ、投資は長い目で見ろ"にいずれ掲載予定です。
まとめ
✅借金とは未来の自分からお金を引き出す行為
⇒現在と未来は同価値ではない。借金とは未来に自分が手にするハズの金額から目減りした金額を今の自分が受け取る行為である。
✅自制心がカギとなる
⇒自制心が低いと高い割引率で現在価値を引き受けてしまう。
ただし、自制心は先天的な資質だけでなく、環境による後天的な要因でも変化する可能性が高い。
✅コオロギも時間割引を考慮している
⇒遠くのイケメンより、近くのフツメン
移動による未来の不確実さより、現在の確実性を採用
参考図書|面白くて眠れなくなる生物学
著:長谷川 英祐