- 投稿日:2026/01/17
- 更新日:2026/01/17
「無理をすると続かない」という感覚だけは、早めに身につきました。
頑張りが当たり前だった部活
中学生の頃、私は吹奏楽部に入っていました。
他の生徒はどう思っていたかわかりませんが、私にはとてもハードな部活でした。
その日部活でやることを部長が黒板に書いていくのですが、「合奏」の文字を見るだけで動悸が止まらなくなるほど追い詰めらていました。
部活中は、このまま続くなら倒れたいと思うほどの頭痛を感じていたのを覚えています。
その影響なのか、自律神経の調子がおかしくなって、朝どうしても起きられなくなりました。
『原因に名前がついた瞬間』
当時は「ただのメンタルの問題」だと思って、カウンセリングに通っていた時期もあります。
そこの先生から、
頭痛の強度を1〜10の数字に置き換えるとどれくらいか、朝から寝る前までの記録をとるように言われました。
私の場合、朝が10なのに対して夜には1
「朝頭痛が強く、夕方〜夜にかけて軽減していくということはもしかして
起立性調節障害じゃないか」と助言をいただき、大学病院で精密検査をしたところ、本当にそれだったのです。
ちなみに検査の内容ですが、
病院に一泊入院して、朝立ち上がってからの血圧の経過を測るというものでした。
食べれなかった給食と、今の私
症状が出始めた頃は食欲もなく、毎日給食を残してしまっていました。
担任の先生が、「(私)の給食食べ終わってるかチェーック!」と、大きな声で言ってジロジロ見てきたことはめちゃくちゃ嫌でした。
幸い、いじめられていたわけではありません。
むしろ心配してくれたり、相談室登校しても会いにきてくれる友達もいたので、「学校を休む」という選択肢はあまりありませんでした。
途中から給食を食べる時間さえも登校できず、帰りの会だけ登校したりもしていました。
それでも給食費を払い続けてくれた家族には感謝しかありません。
愛ですね。
今振り返ると、中学時代のことはあまり覚えていないけど、私の人生の深みを作ってくれたと思っています。
このあと、
私は通信制の高校に通うことになります。
通信制での生活や、実際に感じたことについては
次回改めて書こうと思います。