- 投稿日:2026/01/24
- 更新日:2026/03/12
(はじめに)
60歳を過ぎてからの退職は、FIREと言えるのか。
この問いは、ずっと胸の奥に残っていました。
私は長い間、「定年(65歳)までは働くのが普通だ」と思い込んでいました。
毎日の朝夕の満員電車に揺られながら、心のどこかで
「本当にこれでいいのか」
と感じていたのに、その感覚に蓋をして生きてきたのです。
40代後半で、経済的にはFIを達成していたはずなのに、
「自由になった」という実感はまったくありませんでした。
それは、お金ではなく“心の構造”のほうが、
まだ昔の価値観に縛られていたからです。
FIREは、会社を辞めるための仕組みではありません。
経済的自立を得たうえで、働く・働かないを自分で選べる状態をつくること。
つまり、人生のハンドルを自分の手に戻すための考え方です。
この第1章では、FIREを「辞めること」ではなく
「選べること」として一歩ずつ捉え直していきます。
その視点があるだけで、FIREの見え方は静かに変わります。
そして、日々の生活の中で、誰もがすでに持っている“小さなFIREのかけら”に気づけるようになります。
では、私自身のFIREの歩みを、ここから少しずつ振り返ってみたいと思います。
■60歳を超えて退職するのは、FIREと言えるのだろうか。
この問いは、ずっと胸の奥に残っていた。
経済的自由(FI)は、実はかなり前に達成していた。
けれど、早期リタイア(RE)には踏み切れなかった。
FIとREの間にある“揺れ”を、どう扱えばいいのか分からなかった。
FIを確実に意識したのは、年金受給が始まった64歳のときだ。
生活費は切り詰めていたし、自宅のローンは繰り上げ返済で完済済み。
贅沢をしなければ、賃貸不動産の利益だけで生活は成り立つ。
その賃貸物件のローンも、腹をくくってガンガン返した結果、55歳にはすべて終わっていた。
■数字だけ見れば、FIはとっくに達成していた。
でも、そのときの自分にはFIの実感はなかった。
始めて購入した中古アパート、予算は当初の3倍、思ったのが、
「公務員の退職金を充てればローンはゼロになる。
そうなればアパートの家賃が個人年金なれば、まあなんとかなるかな」
そんな“計算としての安心”はあったが、“自由になった”という感覚はまったくなかった。
そして何より、「年金がもらえる65歳までは働くのが普通」
という昔からの価値観が、自分の中に深く根付いていた。
FIを達成していても、REに踏み切れなかった理由は、
お金ではなく“心の構造”のほうにあった。
そんな自分が、完全退職できず、65歳6ヶ月で週3日勤務になった。
すると、思いがけず“余白”が生まれた。
これまでの人生では感じたことのない、静かで広い時間。
その余白に身を置いてみて、初めて気づいた。
■FIは数字で達成するものだけれど、REは心が納得しないと始まらない。
60歳を超えた退職がFIREなのかどうか。
65歳になって、たどり着いた
その答えは、年齢ではなく、“余白に気づけるかどう
か”にあるのかもしれない。
65歳で週3勤務(サイドFIRE?)に変えてから、生活の線が静かに変わり始めました。
第2話は、「週3日勤務に変えたとき、その静かに変わり始めた私のFIREの揺れを、ゆっくりお話しします。第2話は、こちらから読めます。
https://library.libecity.com/articles/01KFYN3BB40NKRAT5N8THW372E
