- 投稿日:2026/02/01
- 更新日:2026/02/02
売れたと思ったのも束の間
商品が売れて通知を見た瞬間は、素直にうれしい気持ちでした。ようやく次の方へ届けられる、そんな前向きな気持ちだったと思います。
ところが、発送前に届いた購入者からのメッセージを読んだ途端、その空気は一変しました。文章自体はとても丁寧で、言葉遣いも柔らかい。それなのに、読み進めるほど胸の奥がじわじわと冷えていくような感覚がありました。

「昨年はかなりの頻度で破損事故が発生しました」
「今年は年明け早々に破損事故にみまわれております」
そうした一文一文が、まるでこれから起きる出来事を暗示しているように感じられました。まだ商品は発送すらしていません。それなのに、すでに“破損する前提”で話が進んでいるように見えたのです。
さらに、梱包方法についての細かな指定が続き、「エアキャップを使用してほしい」「無事到着するまでよろしくお願いします」と念を押される文面に、次第に逃げ場のない圧迫感を覚えていきました。丁寧さの裏にある切迫した気配が、画面越しにもはっきり伝わってきたのです。
まだ何も起きていないはずなのに、「もし何かあったら、すべてこちらの責任になるのではないか」そんな根拠のない不安が頭から離れなくなりました。通知画面を閉じても、文章の余韻だけが残り、胸の奥に重たい違和感が沈んでいきました。今振り返ると、この時点で感じていた小さなざわつきこそが、後に続く長い出来事の始まりだったのだと思います。
やっぱりその予感は的中してしまいました…
送られてきた写真と文章の違和感
送られてきた写真を見て、正直、強い違和感を覚えました。
確かに一つのティーカップは割れていましたが、同じ箱に入っていたもう一つのカップや外箱自体には目立った損傷はありませんでした。すべて同じようにエアキャップで包み、同条件で発送したはずなのに、なぜ一つだけがこのような割れ方をしたのか。写真を何度見返しても、梱包不備だけが原因とは思えず、腑に落ちない気持ちが残りました。一生懸命行った作業が否定されたようで、悔しさと戸惑いが入り混じった瞬間でした。配送事故も疑いましたが、あまりにも箱が綺麗でしたので。

購入者から届いた写真とメッセージを見て、正直、強い戸惑いを覚えました。「ティーカップを二つ重ねて梱包したのではないか」という指摘がありましたが、私は発送時、一つひとつをエアキャップで包み、個別に梱包していたことをはっきり覚えています。
さらに読み進めるうちに、文章全体がどこか上から目線の言い回しで書かれていることにも、違和感を覚えました。梱包方法について「基本鉄則です」「お見知りおきを」と断定的に書かれており、説明というより指摘を受けているような感覚になりました。
写真を見返しながら、そもそも持ち手のあるティーカップをどのように重ねて梱包できるのだろう、という疑問も浮かびました。形状的にも現実的ではなく、自分が実際に行った作業とも一致しません。
外箱やもう一つのカップに目立った破損はなく、割れているのは一客のみ。同じ条件で発送したはずなのに、なぜ一つだけがこのような割れ方をしたのか。事実と認識のズレに加え、言葉の圧も重なり、個人間のやり取りだけでは解決が難しい状況になっていると強く感じ始めていました。
購入者からの返事を読み、この時点で私は個人間での解決を諦めることにしました。こちらが事実を丁寧に説明しても、その内容は受け取られず、別の主張が重ねられていく。やり取りを続ければ続けるほど、話が噛み合わなくなり、さらに感情的な対立へ発展してしまいそうだと感じたからです。
実際、返信を考えるたびに「これを書いたら、また別の指摘が返ってくるのではないか」という不安がよぎりました。正しさを証明しようとすればするほど、泥沼になっていくような感覚がありました。
このまま当事者同士で言葉を重ねても、状況は好転しない。そう判断し、私は必死な思いでメルカリ運営へ問い合わせを行いました。感情で応じるのではなく、第三者の客観的な判断に委ねることが、これ以上こじらせないための唯一の選択肢だと感じたのです。
強い疑問と怒りを感じた理由
メルカリ運営に連絡してから三日間、何の連絡もないまま時間だけが過ぎました。ようやく届いたメッセージを開いてみると、そこには破損原因の説明や運営の判断ではなく、突然の金額提示が並んでいました。相場や計算式、アンティークショップの意見など、細かな数字が続き、読み進めるほど混乱が深まりました。私は返金や金額の話を一度もしておらず、ただ状況確認をお願いしていただけでした。それにもかかわらず、原因が確定していない段階で「梱包不備」と決めつけられたような文面に、強い違和感と怒りを覚えました。問題の本質は破損の経緯にあるはずなのに、話が一気にお金の方向へ進んでいくことに、納得できない気持ちが募っていきました。
このメッセージを読んだとき、私はすぐに返信することができませんでした。感情的に反論したい気持ちはありましたが、ここで言葉を重ねれば、さらに話がこじれてしまう予感が強くあったからです。相手の文面はすでに一方的な前提で進んでおり、こちらが説明しても、また別の主張や金額提示が返ってくるように感じました。実際にこの時は一度返信を控えて様子を見ていましたが、その後、再び金銭を求める内容のメッセージが届きました。話し合いをしないことで落ち着くどころか、むしろ要求が強まっていく状況に、個人間での解決はもはや難しいと感じました。このままやり取りを続ければ、論点はさらにずれ、精神的な消耗だけが増えてしまう。そう判断し、私は感情で応じるのではなく、運営の正式な判断を待つことを選びました。第三者に委ねることこそが、これ以上事態を悪化させないための最善策だと感じたのです。
※以下の画像は、当時のやり取りの雰囲気を伝えるために掲載しています。個人が特定されないよう、名前や一部情報は伏せています。

運営を待つ間、何度も折れそうになった気持ち
運営からの連絡を待つ間、私はリベシティのメルカリチャットでも相談をしていました。そこで、メルカリ運営の対応には時間がかかることがあり、場合によっては解決まで一か月ほどかかった事例もあると知りました。その話を聞いたとき、正直なところ「この状態がそんなに続いたら耐えられないかもしれない」と思ってしまいました。
購入者からはお金の要求に関するメッセージが毎日のように届き、通知が来るたび心臓がぎゅっと縮むような感覚になっていました。早く終わらせたい、もう関わりたくない、そう思ってしまう瞬間も何度もありました。
それでもチャットでは、多くの方が親身に話を聞いてくれ、「メルカリ便で発送しているなら補償対象になるはずだよ」と励ましてくれました。その言葉に支えられながら、気持ちが限界に近づきつつも、なんとか踏みとどまっていたのが正直なところです。強くいられたわけではなく、折れそうになりながら、必死に待っていた時間でした。
運営からの連絡と、ようやく訪れた安堵
今日、ついにメルカリ事務局から「取引キャンセルおよび補償対応」のお知らせが届きました。画面を開いた瞬間、思わず何度も文章を読み返してしまいました。これまでのやり取りや状況を総合的に判断したうえで、販売利益は補償されるという内容でした。その一文を見たとき、張りつめていた気持ちが一気にほどけ、ようやく深く息ができたのを覚えています。
毎日のように届いていた金額要求のメッセージ、先の見えない待ち時間、不安で眠れなかった夜。そのすべてが報われたような気がしました。強くあろうとしていたわけではなく、ただ必死に耐えていただけの時間でしたが、最後に「正しく行動していれば守られる」という結果にたどり着けたことは、今後の大きな経験になりました。
割れていなければ、このティーカップはきっと価値の高いアンティーク品だったと思います。上手にビジネスとして扱えば、購入金額以上の価値を生む可能性もあったかもしれません。だからこそ、故意なのか事故なのかは分かりませんが、破損してしまったことで本来あったはずの価値が失われ、結果的に購入者にとっても大きな機会損失になってしまったのだと感じました。
今回の出来事は、誰かが得をする話ではなく、関わった全員が少しずつ傷ついてしまった取引だったように思います。それでも、感情的に責任を押しつけ合うのではなく、第三者の判断に委ねることで、最終的には冷静な形で区切りをつけることができました。この経験を通して、トラブル時こそ相手の立場や背景を想像しながら、ルールに沿った対応を選ぶことの大切さを改めて実感しました。
今回の出来事を振り返って、最後に浮かんだのがこの一句でした。
物大事
その手を選び
金来たる
物をどう扱うか、トラブルのときにどんな手を選ぶか。
その積み重ねが、結果的に自分を守り、信頼やお金として返ってくるのだと、今回の経験を通して強く感じました。
