- 投稿日:2026/02/07
- 更新日:2026/02/08
1.はじめに
毎日忙しいけど毎日がつまらない
「今週も仕事と家事とスマホを見るだけで終わっちゃったな……」
やるべきことはたくさんあって、それなりに忙しい毎日。なのに、ふとした瞬間に「なんか、つまらないな」と感じてしまう。そんな矛盾した気持ちを抱えていませんか?
実は、現代を生きる私たちの多くが、この「忙しいのに退屈」という不思議な感覚に悩まされているようです。
この記事は好著「暇と退屈の倫理学」(新潮文庫) 國分 功一郎著を読んで生き方のヒントになると思い、ノウハウ記事にまとめてみました。
2. 「ヒマ」がないのに「退屈」なのはなぜ?
まず、「ヒマ」と「退屈」を分けて考えてみましょう。
ヒマ(Leisure): やることがない/やる必要がない時間の状態
退屈(Boredom): 何かしたいのに、心が満たされない「気分」のこと。
つまり、ヒマ=空白、退屈=空白が痛みに変わった状態。
人は「ヒマ」を求めて必死に働きます。でも、いざヒマを手に入れると、どう過ごしていいか分からず「退屈」に襲われてしまうのです。
現代の私たちは、その「退屈」の恐怖から逃げるために、SNSや動画、あるいは「忙しい予定」でスケジュールを埋め尽くしています。退屈から逃げるために忙しくしている。 だから、忙しいのに、心は「つまらなさ」を感じてしまっているのです。
3. 私たちは「満足」を禁止されている?
なぜ、好きな動画を見たり、新しい服を買ったりしても、すぐにまた別のものが欲しくなるのでしょうか?
それは、私たちが豊かな「浪費」ではなく、単なる「消費」をしているからです。
浪費(贅沢): 目の前にあるものを、お腹いっぱいになるまで味わうこと。そこには「あぁ、満足した!」という終わりがあります。
消費: 物そのものではなく、その「流行り」や「ブランド」という他から与えられた記号を追いかけること。次から次へと「流行り」が与えられるから終わりがないので、いくら手に入れても満足できません。
今の世の中は、私たちに「満足してほしくない」と思っています。満足して買い物が止まったら困るからです。だから、次々と新しい「流行り」をぶつけて、忙しくさせ、消費のループに閉じ込めているのです。
4. 「バラ」のある生活を取り戻す
ある思想家の言葉です。
「 私たちはパンだけでなく、バラも求めよう。生きることはバラで飾られねばならない。」
「パン」とは、生きていくために必要な勉強や仕事のこと。 「バラ」とは、人生を彩る楽しみや贅沢のことです。
毎日をつまらなくさせている犯人は、この「バラ」の楽しみ方を忘れてしまったことにあるといいます。
5. 今日からできる「退屈」への逆襲
では、どうすればこの「忙しくてつまらない毎日」から抜け出せるのでしょうか?
答えは、「楽しむ力を鍛えること」です。
・ 「消費」を止めて、「味わう」時間を。
流行りの動画をただ流し見するのではなく、一曲の音楽、一杯のコーヒーを、全力で分析するように味わってみる。
・ 「違和感」を大切にする。
「みんなが言っているから」ではなく、「自分はこれ、おかしいと思う」「これ、面白い!」と心が動く瞬間を見逃さない。
・ 「贅沢」の練習をする。
贅沢とは、高いものを買うことではありません。自分の好きなものを、満足するまでじっくり受け取ることです。
6.ヒマは「自由」への入り口
「なんとなくヒマだ」と感じる瞬間は、実は私たちが「何にも縛られていない自由な状態、余裕のある状態」にいるサインでもあります。
忙しい毎日の奴隷になるのではなく、そのヒマを作って「何を楽しもうかな?」というワクワクに変えていく。そんな「豊かな贅沢を楽しむ訓練」を少しずつ始めてみませんか?
豊かな贅沢を楽しむ訓練をすると、生きている世界の厚みが分厚く感じられるはずです。
同じ夜空でも、天文学者には星の動きが興味深く見えます。一方、天文学を学んでいない私には星の動きの意味もわからないので、プラネタリウムで部屋が暗くなったとたん眠ってしまいます。
また同じ演奏会を聴いても、音楽家には楽譜や楽器のパートがちゃんと聴こえ豊かな時間を過ごすことができます。しかし曲や演奏を楽しむ素養がなければ退屈な時間だったなで終わってしまいます。
この本では豊かな贅沢を楽しむには、スキルや教養が必要だと言っています。訓練を積みスキルと教養を身につければ、ヒマは退屈ではなく、探索と創造の時間になります。
7.最後に:本記事を書こうと思った理由(わけ)
1)良く生きるためには訓練が必要力という考え方が、リベ宿題リストの考え方と通じるものを感じたから
リベでは経済的な自由を作るために、貯める力、増やす力、稼ぐ力、使う、守る力の5つの宿題リストをこなしていくことで、自然とその教養が付いてくるようになっています。
2)消費と豊かな贅沢という考え方が以前学長が紹介していた本と同じ考え方だったから
本当に欲しいと思っているモノを買っていないのでは? 本当は必要と思っていないモノを買わせられているのでは? そんなことはないはずと思いたけど、否定できない自分がいます (^^;)
行きたくもない飲み会を減らして、行きたい旅行のお金を貯めたいものです(できたらモルディブとか^^;)
【参考】「暇と退屈の倫理学」(新潮文庫) 國分 功一郎著
