- 投稿日:2025/05/29
- 更新日:2025/10/15
はじめに
税理士事務所で働いていた私が、祖母の総資産を目の当たりにしてから20年。
「これ…相続になったらエライことになってまう…」
はじめは小さな不安が年々大きくなり、気づけば家族の中で最前線に立って相続対策を進めることになりました。
認知症の兆しはあれど、まだまだ元気いっぱいの97歳の祖母。
その一方で、同居する父や母は複数の持病があり、遠方に住むおば達も体調は芳しくなく、いとこたちも子育てに追われる日々。
家族の未来を見据えて、祖母の想いをどう叶えつつ、資産をどう整理していくか。
これは、税務の知識と身内の信頼、そして何よりも“気持ちの折り合い”をつけながら進めた、我が家の生前贈与計画の記録です。
【家族構成】
・祖母(97歳)
・父(祖母の息子、69歳)&母(嫁、67歳):祖母と同居
・弟(私の弟、38歳):実家の離れに住む
・私(40歳):結婚後も実家から徒歩圏内に住む
・父の姉二人(おば達):遠方に住む
第1章:税理士事務所勤務の孫が“すべて”を知った日
商業高校卒業後に税理士事務所に就職した私が、祖母の確定申告書を作成することになったのが全ての始まりでした。
当時、個人でも確定申告ができると知った祖母は、長年契約していた顧問税理士をあっさり解約。
「孫に任せるわ」――そう言って、申告業務を丸投げされた私は、自然と祖母の全資産を把握する立場になりました。
申告書の中身を見て、私は絶句しました。
祖父から相続した土地や預貯金をもとに、アパート経営や投資に手を出していた祖母。
仕事上、様々な相続を目の当たりにしていた私は
「このまま何の準備もなく相続が起きたら、本当に“争族”になってしまうかもしれない」
そんな危機感を、年々強く感じるようになりました
第2章:まずは“気持ち”の整理から――90歳でようやく向き合えた本音
もともと人の話をあまり聞かない祖母に、私は早いうちから“それでも伝えたい”という思いで、正直な気持ちを言葉にしてきました。
ただ、80代になっても祖母はまだまだ元気そのもの。話半分どころか、まったく耳を貸してくれない時期が長く続きました。
しかし90歳が近づいたある頃から、少しずつ変化が見え始めます。
「最近、耳が遠くなってきた」
「お金の管理がちょっと面倒に感じるようになってきた」
「物忘れが増えてきて、自分でも怖いと思う」
祖母自身が、加齢による変化をようやく自覚し始めたのです。
「今なら話せるかもしれない」
そう思った私は、メモを取りながら祖母の気持ちを丁寧に聞き出していきました。
祖母の“本音”メモ
・遠方に住むおば達には不動産は渡さない。すでに現金を「これっきりね」と手渡している
・今後の相続は、一緒に住んでいる息子(私の父)や孫(弟)に全部託したい
・相続税?そんなもん払いたくない!(※実際に払うのは相続人ですが…笑)
この頃には、長年の流れで私が祖母の資産管理も任されるようになっており、あらためて一緒に資産をリスト化する作業を行いました。
ちなみに、祖母は私以外には一切、資産状況を明かしていません。
だからこそ、今後の手続きを円滑に進めるためにも、“情報の共有”が次のステップになりました。
家族を巻き込む第一歩:「共有」と「覚書」
資産リストが整ったあと、私は父と弟にも状況を説明し、一緒に祖母の想いと現状を確認する機会を設けました。
何度か話し合いを重ねていき、おば達が帰省した際には、父の口からおば達にこれまでの経緯と祖母の想いを説明。
そして、過去に現金を渡した事実と、今後の相続ではこれ以上の取り分は求めない、という内容の「覚書」を書いてもらうことにしました。
ここから、ようやく我が家の「生前贈与計画」が本格的にスタートしたのです。
祖母の気持ち、家族の理解、そして“文書で残す”という一歩。
この土台があったからこそ、次のステージ――資産整理と具体的な贈与計画へと進めることができました。
第3章:相続税を試算してみる――見えた“負担”と贈与の方向性
祖母に話をする前から、私は自分に分かる範囲で相続税や贈与税、登記費用、登録免許税など諸々に掛かる費用も含めて試算を進めていました。
不動産の状況を踏まえ、資産リストを整理すると、このまま全ての資産に相続税がかかるとなると「思ったよりも大きな額」がかかることが明確になったのです。
この結果を受け、相続時の税負担をできるだけ軽くするためには、諸費用がかかれども「資産を減らす=贈与を進める」方が負担をおさえることができると考えました。
贈与の方法を検討:暦年課税と相続時精算課税制度
相続税の負担軽減策として代表的な方法に、
・暦年課税(毎年一定額まで非課税で贈与できる)
・相続時精算課税制度(贈与時に一定額まで非課税で、相続時に贈与財産を精算する)
の2つがあります。
祖母にもそれぞれの仕組みを説明し、理解・納得できたのが暦年課税でした。
そこで、毎年少しずつ弟へ贈与を進めていき、最終的には相続時に父が残りの資産を相続する形をとることに決まりました。
なぜ「父」ではなく「弟」に贈与するのか?
弟は実家の離れに住み、造園業を営んでいます。
祖母は「将来は母屋を孫(弟)に継いでほしい」という気持ちも強くありましたが、それ以外にも贈与先を弟にした理由がありました。
・弟(孫)は法定相続人ではないため、相続時に贈与財産を相続財産に加算されない
(父は法定相続人なので、贈与財産が相続時に加算される可能性があります)
・父はすでに60歳を越え、早期に再度相続が発生する“老老相続”のリスクが高い
これらの理由から、相続時の負担を減らし、かつ祖母の意思を尊重する形で、贈与先を弟に決めました。
その他の検討ポイント
教育資金の一括贈与制度(贈与税非課税の特例)も検討しましたが、祖母は「ひ孫のためには使わない」と明言。こちらはすぐに却下となりました。
不動産の売却も検討しましたが、弟が造園業の倉庫代わりとして活用できるため、こちらも見送りに。
こうして祖母の意思を第一にしつつ、税務面の試算と家族の事情を踏まえた「現実的な贈与計画」が徐々に見えてきました。
次の章では、具体的にどのように贈与を実行していったか、その実際の流れについてまとめていきます。
第4章:資産を“シンプル”に整える――複雑な資産の片づけから
祖母の資産を整理していく中で、最も手間がかかったのが「資産の簡素化」でした。
というのも、祖母はお金を使い分けるのが好きで、用途ごとに違う金融機関に口座を作っていたのです。
用途別にバラバラだった銀行口座
・年金受取用
・家賃収入用
・固定資産税・光熱費・通信費の支払い用
・アパートローン返済用
などなど…。
地元の銀行、信用金庫、郵便局……もはや「どれだけ口座あるの⁉」という状態で、毎月私は通帳とカードを握りしめ、あちこちの銀行を行ったり来たりしていました。
さすがにこの状態では手続きも大変なので、口座を一本化。
一括管理できるようになり、私の負担も大きく減りました。
証券口座はすべて解約して現金化
祖母は証券口座もいくつか持っていました。
「お金は好き。でも減るのはイヤ。けど投資はよく分からない」――そんなスタンスだったので、スーツ姿の証券マンに勧められるままに株や投資信託を購入。
中身は、
・手数料が高すぎる投資信託
・含み損のまま塩漬けにされたよく分からない銘柄
という、ツッコミどころ満載なラインナップ。
ということで、すべて解約・現金化しました。
アパートローンも一括返済
祖母名義で建てたワンルームアパートがあり、これはまだローンが残っていました。
完済予定は100歳…! 利息がもったいないため、
・証券口座の解約で得た資金
・口座を一本化して管理しやすくなった預金
を活用し、一括返済&抵当権抹消を実行。
祖母と一緒に「資産のお片づけ」
この資産の整理は、基本的に祖母本人が手続きを行いました。
本人でないと進められない手続きばかりだったためです。
もちろん、途中で「もう嫌!」となる場面もありましたが、私はすべて付き添い、説明し、励ましながら一緒に動きました。
こうして、祖母の資産はようやく“シンプル”で“見える化された”状態に。
次はいよいよ、実際の贈与の実行フェーズへと進んでいきます。
第5章:公正証書遺言を作る――“言った言わない”を防ぐために
現預金の整理が進み、借金も完済されて祖母の資産はずいぶんスッキリしてきました。
しかし、まだ大きな課題が残っていました。それは「不動産」の存在です。
不動産は“相続トラブルの火種”になりがち
祖母が所有する土地や建物などの不動産は、全て父が相続する予定です。
すでにおば達(父の姉2人)には、「現金をもらった」との覚書をもらっていましたが、これは法的に絶対的な効力があるわけではありません。
また、祖母が亡くなった後に遺産を分ける際には「遺産分割協議書」が必要になりますが、これが非常にやっかい。
相続人全員の署名捺印が必要で、状況によっては書類を揃えるだけで心身ともに疲弊することもあります。
「全財産を父に」――公正証書遺言の作成へ
そこで私たちは、祖母の意思を明確に残す手段として、
「全ての資産を息子(=父)に相続させる」という内容の公正証書遺言を作成することにしました。
祖母はお墓の心配もしていたので、それについては弟が継承することにしました。
・財産についての遺言書(相続財産の指定)
・墓地使用権などの祭祀に関する遺言書
の2つを別々に作成しました。
これは「資産」と「祭祀承継権」は別の扱いになるため分けても支障ないとのこと。相続時の父の負担を減らすことを目的に、別々に遺言書を作ることにしました。
実際の手続きと費用感
最寄りの公証役場とメールで内容をやり取りしながら準備を進め、立ち合い証人については、親族間の余計な誤解やトラブルを避けるため、公証役場に依頼。
そして、当日は祖母と一緒に公証役場を訪問し、無事に公正証書遺言が完成しました。
気になる費用はというと
・手数料:約7万円(遺言書作成時の遺産評価額の総額によって変動)
・証人謝礼:5000円×2名分
書類の完成後、祖母もホッとした様子で、
「これで一安心やなぁ」としみじみ話していました。
これで、「祖母が何を望んでいたのか」が文書で明確になり、相続時の大きな安心材料ができました。
まだ元気なうちに、そして本人の意識がしっかりしているうちに、準備を進めておけたことは本当に良かったと思います。
第6章:あとは贈与を進めていく ――“今できること”を、少しずつ確実に
公正証書遺言も整い、資産の整理もひと段落ついた私たち家族。
あとは、少しでも相続税の負担を減らすために“贈与”を進めていくのみとなりました。
「遺言書があるのに、贈与していいの?」
実は、遺言書を作成する時に私が疑問に思ったことです。
この点について、公証役場に確認したところ、遺言書に記載するのは作成時点での祖母の財産であり、実際の相続は、“相続時に持っている財産”が対象になるとのことでした。
つまり、途中で財産が増えても減っても問題ないということ。
祖母の遺言書にある「全ての財産を息子に相続させる」という内容は、“その時点での全財産”を指しているので、そこは心配無用でした。
それならば――できる限り生前に贈与して、相続財産そのものを減らしていこう!と家族で意見が一致しました。
現預金は減ったが…不動産が残る
祖母の現預金は、アパートローンの一括返済などでかなり減ったため、
今後の贈与の対象は主に「土地」と「建物」になります。
弟(実家の離れに住み、造園業を営んでいる)へ贈与を進めることにしました。
もともと、弟はこれまで家やアパートの庭木の手入れをずっと無償で行ってきたのですが、これを機に祖母と正式な契約書を作成し、報酬を支払い、そのお金を弟の贈与税の納税資金に充てることにしました。
少しずつ、でも確実に贈与する
贈与は、毎年弟が税金を払える範囲内で進めています。
土地や建物の評価額が大きいものについては、持ち分を分割しながら複数年かけて計画的に行います。
不動産贈与のメリット・デメリット
もちろん、不動産の生前贈与にはメリットとデメリットがあります。
《メリット》
・一度に大きな贈与をしないことで、納税額の負担が小さくて済む
・計画的に進められるので、突発的な相続よりも準備がしやすい
《デメリット》
・贈与のたびに契約書や登記手続きが必要で、手間がかかる
・不動産取得税がかかる(評価額の3〜4%)※相続では不要
・登録免許税も高くなる(相続時は0.4% → 贈与時は2.0%)
税金の面だけ見れば、相続の方が有利なケースも多いです。
けれど、「もめごとを減らしたい」「納税資金を確保したい」「祖母の意志を今のうちに形にしたい」
そんな想いから、私たちは“今できる贈与”を、少しずつ、でも確実に進めていく道を選びました。
最終章:計画通り進めることより、祖母の気持ちに沿うことを優先して
「お金なんて払いたくない。税金なんてもっと払いたくない。」
これが、祖母の本音です。
私が確定申告をしたり、弟が庭木や外構の手入れをしたり。
“できるだけタダで済ませたい”という祖母の信念に沿って、ここまで進めてきました。
動き出してから10年、気持ちは揺れながらも
「このままじゃ相続が大変なことになる」と言い始めたのは、もう20年以上前。
そこから実際に手続きを進めるようになって、約10年が経ちました。
もちろん、その間に祖母の気持ちが変わらなかったわけではありません。
手続きを重ねるたびに、「もう面倒くさい」「名義はまだ変えんといて」――
そんな風に贈与が延期になった年もありました。
それでも、祖母の根底にはいつも、
「私が死んでから迷惑はかけたくない」
という思いがあり、生前贈与や資産整理に協力してくれました。
銀行をめぐる暑い夏の日の記憶
暑い夏の日、祖母と二人でいくつもの銀行を巡って口座を解約して回った日が忘れられません。
送金すれば一瞬で済むのに、「送金手数料がもったいない!」と、祖母は現金をカバンに入れて私に持たせました。
札束をカバンに入れて歩くあの数時間、文字通り“命がけ”でした(笑)。
祖母が好きではない、けれど
正直な話、私は子どもの頃から祖母とあまり折り合いが良くありませんでした。好きかと言われれば…今でも「はい」とは言い切れません。
でも、不思議なことに、お金のことは私に任せてくれていたんです。
信頼されているのなら、その信頼には応えよう。
そう思って、祖母とは“クライアントと担当者”くらいの冷静な距離感を保ちつつ向き合ってきました。
「ただの資産」ではなく「大切な想い」
祖母と話していると何度も「おじいさん」「ご先祖様」と言っていました。祖母にとっての不動産や預貯金は、単なるモノではありません。
・夫から受け継いだもの
・ご先祖様から託されたもの
だからこそ、できるだけ祖母が納得する形で整理してあげたいと思いました。
父の姉弟関係を壊さないように。
私や弟、つまり“孫世代”にも禍根を残さないように。
そのために、公証役場、税務署、法務局――
関係各所をまわり、持てる知識を総動員して取り組んできました。
相続は、資産の話だけじゃない
相続の話というのは、“感情”の話でもあるんだと痛感しています。
「誰がどれだけ貰うか」
「あの人は得している、損している」
「昔こうだった」「私はこう思っていた」
お金の話よりも、むしろこの感情の部分こそが相続を複雑にする元凶だったりします。
だからこそ、早めの話し合いを
最後に、私からお伝えしたいことがあります。
✅ 話し合いはできるだけ早く、みんなが元気なうちに。
✅ 相続は「資産の話」だけでなく「感情の話」でもある。
✅ すべての人が納得できる形にするには、時間と労力が必要。
✅ だからこそ、“誰か”が動き出すことが大切。
資産が何か、どこにあるのか、まずはそれを「見える化」することから始めてください。
何も分からないままでは、話し合いも対策も始まりません。
税金など不安があれば、専門家に相談することをおすすめします。
私の住む市では、月に一度、税理士の無料相談会も開催されています。
こういった機会も頼れる窓口です。
祖母が元気なうちに、こうして一緒に準備を進めることができて本当に良かったと思っています。
相続ではなく、“想続”――
そう言えるような体験を、あなたにもしてほしい。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この記録が、誰かの一歩を後押しできますように。