- 投稿日:2025/08/14
- 更新日:2026/04/05
若い頃の私が見落としていたもの
振り返ってみると、若い頃の私はもっと自分で調べて、考える必要があったなと反省しています。
当時の私は、誰かの考えや価値観に従うことが安全で楽で、相手を満足させる道だと思い込んでいました。(末っ子なだけに)
調べたり、自分なりに考えたりすることが、面倒で怖くも感じていて、家族も、はいはい聞くお利口さんな娘(私)に大変満足していました笑
「誰かが守ってくれる」という甘い罠
信頼できる人が大丈夫と言えば、きっと大丈夫✨自分で調べなくても、誰かが私を正しい方向に導いてくれる頼れる人がいれば安心💕
こんな風に考えて、自分で判断する責任から逃げていました。
それが人を大切にすることだと勘違いしていたんですが、実際は自分の成長を止めてしまっていたんですね。
それ故、常に誰かに自分の気持ちを理解してもらうことだけを考え、相手への配慮は皆無で、その場の空気を壊す天才と化しました笑笑
人間関係で学んだ厳しい現実
いざ困った時に、周りの人たちが私との関係に距離を置いていく経験を何度か体験したんですが、とても寂しい経験でした。
しかし冷静に考えてみると、相手にも生活があり、守るべきものがあるのは当然のこと。
私も同じ立場だったら、同じような判断をしていたかもしれません。
誰かを責めるのではなく、お互いが無理のない範囲で支え合える関係を築くことが大切だと学びました🤝
自立への第一歩〜依存と共存の境界線を探して
今の私にとって一番難しいのは、どこまでが依存で、どこからが健全な共存なのかを見極めることです。
依存だったなと気づいた瞬間😅
例えば、以前の私は:
・何か決断する時、必ず誰かに「どうしたらいい?」と聞いていた自分で調べる前に、常に人に答えを求めていた。
・相手の都合を考えずに、感情的にサポートを求めていた。
これらは明らかに「依存」だったなと反省しています💦
健全な共存って何だろう?
一方で、今目指している「共存」は:
自分で考え、調べた上で、意見を聞く相手の状況や気持ちを配慮して相談のタイミングを選び、お互いが持ちつ持たれつの関係でいられること。
助けてもらった時は、自分なりの方法でお返しを考え、自分の判断と責任で決断し、結果もしっかり受け入れるということ。
実体験から学んだ境界線
最近、体調管理について家族に心配をかけていた時のこと。
依存的だった頃:
「体調が悪いから何もできない、全部お願い」と丸投げしていました😔
今の私:
自分でできる範囲の体調管理は責任を持つ本当に助けが必要な時だけ、具体的にお願いする体調が良い時は、逆に周りの人のサポートを積極的にする感謝の気持ちを言葉と行動で表現する
まだまだ学び中です🌱
正直、この境界線を見つけるのは今でも試行錯誤の連続です。
時々「これって甘えすぎかな?」「でも一人じゃ限界があるよね…」と悩むこともあります。
大切なのは、相手への思いやりと自分への配慮のバランスを常に意識すること。
そして何より、完璧を目指さず、少しずつ成長していくことを、とても大事に思っています✨
当たり前だと思っていたことへの大きな反省💦
振り返って一番反省しているのは、最低限の衣食住が整っていることに感謝するべきだったということです。
当時の私は:
毎日食べるものがある
雨風をしのげる家がある
着る服がある
親が子供の世話をする
これらを全力で「当たり前」だと思い込んでいました😔
与えられていた安全で安心な環境を、感謝するどころか不満の対象にしてしまっていたんです。
「もっと自由が欲しい」「理想と違う」と文句ばかり言って、目の前にある恵まれた状況に目を向けられていませんでした。
今思えば、多くの人が手に入れたくても手に入らない「基本的な安心」を、周りの人が必死に支えてくれていたのに…本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです😢
この反省があるからこそ、今は小さなことにも「ありがたいな」と思えるようになりました。
衣食住への感謝は、自立への第一歩でもあったんだと実感しています。
今大切にしていること✨
やりたいことがある時は、まず自分で調べて計画を立ててみる
困った時は、相手の立場も考えて相談する
自分の体調や状況を現実的に把握して、自分への配慮も心がけながら行動する
過去の経験を通して、周りの人への感謝の気持ちも強くなりました。
人間関係は複雑で、正解はないかもしれません。
でも相手を思いやる気持ちと、自分への配慮の両方を大切にしていきたいと思っています💕
読んでくださった皆様も、お互いに支え合いながら、素敵な関係を築いていけますように🌸