- 投稿日:2025/11/22
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要約
フィリピンのスラム街を訪れた筆者が目にしたのは、予想と真逆の活気に満ちた光景だった。「貧しい人々を見て自分を慰めたい」という浅はかな期待は裏切られ、善意の支援が若者流出を招いた事例に衝撃を受ける。途上国支援の落とし穴と、本当に必要な支援とは何かを問いかける体験記。
自分の恵まれた環境を実感するために、フィリピンのスラム街へ。
しかし現地で目にしたのは暗く絶望的な光景ではなく、活気に満ちて懸命に生きる人々の姿だった。
この経験から善意の支援が時に悲劇を生む現実と、本当に必要な途上国支援のあり方を考えさせられることに。
貧困を見るための旅へ

日本より貧しい国を見るため、僕はフィリピンへ行ったことがあります。
参考:銀行で鬱になり訓告処分に…人生に絶望した自分が民泊にたどり着いた軌跡
僕が訪ねたところは、「パヤタス」というスラム街です。
「スモーキー・バレー」と呼ばれる広大な廃棄物集積場の近くにあり、ゴミを拾って生計を立てる人たちの集落でした。
腐敗したゴミ山から発生するメタンガスにより、住民の健康が脅かされていたり…
ゴミ山の崩落によって、数百人の命がなくなったりするようなところです。
イメージと現実のギャップ

僕のスラム街のイメージは、「暗い」「汚い」「危ない」でした。
建物は破壊されて街はゴミと落書きだらけ。
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