- 投稿日:2026/01/15
はじめに
「もう二度とアメリカ人と関わりたくない…」
父の仕事の都合で、小学4年生で渡米し、激しいいじめを経験した私は、完全にアメリカ人恐怖症になっていました。 日本人学校という「避難所」で心の傷を癒やしながら過ごした日々。(いじめの詳細は前回投稿したノウハウ記事「【実話】登校拒否息子へ伝えた、元いじめられっ子父親の”40年前の真実”」に記載しています)
でも、中学2年生のある日、ふと思ったんです。
「このまま逃げ続けて、本当にいいのかな?」
今回は、恐怖と闘いながらアメリカの中学校に飛び込んだ私が見つけた 「人生の宝物」の話です。
1. 人生初の“ビッグな決断”
「せっかくアメリカにいるのに、アメリカの学校を知らないまま帰国するのか…?」
この問いが、ずっと頭の中でグルグル回っていました。
正直、怖かった。 あのいじめのトラウマが、夢に出てきました。
それでも、 「このチャンスを逃したら、一生後悔する」 そんな直感が、恐怖に勝ちました。
中学2年生、14歳。 人生で初めての大きな決断。
ニューヨーク州の現地中学校へ編入することを決めました。
(内心、めちゃくちゃブルブル震えてましたけどね…笑)

2. 意外すぎた“ウェルカム”の嵐
編入初日。 ガチガチに緊張しながら教室に入ると…
「Hey! Welcome!」
……え?なにこの温かさ。
皆、英語があまり得意ではない私に、驚くほど親切でした。
先生はマンツーマンで丁寧に教えてくれる
アメリカ人の女の子が校内を案内してくれる

わからない単語は、ジェスチャー付きで説明してくれる
「あれ?アメリカ人、めっちゃ優しいじゃん…」
小学生時代にいじめてきた人たちと、 ここにいる人たちは、まったくの別物でした。
「場所が変われば、人も変わる」
この当たり前のことを、身をもって知った瞬間でした。
3. アメリカ部活の「シーズン制」という衝撃
日本の部活といえば、 一度入ったら卒業まで同じ部活、というイメージですよね。
でも、アメリカは違いました。(州や市によって異なると思います)
完全な「シーズン制」です。
・秋(Fall):サッカー、アメフト、クロスカントリー
・冬(Winter):バスケットボール、レスリング
・春(Spring):野球、陸上、ラクロス
(夏は長期夏休みなのでほぼ学校はないです)

つまり、 秋はサッカー、冬はバスケ、春は野球 …なんてことが普通に起こります。
実際、すべてのスポーツでエース級の活躍をする 「才能の塊」みたいな人もいました。
(私は「才能って、こんなに差があるのか…」と愕然としました🤣)
この頃から、 「人には得意・不得意がある」 「才能の差は、確実に存在する」 という現実を、リアルに感じ始めました。
4. スラムダンク少年、トライアウトに挑む
当時の私は、漫画『スラムダンク』にどハマりしていました。
「仙道のようになりたい!」
……身長は全然足りなかったですが(笑)
そんな不純(?)な動機で、 冬のバスケ部入部を目指しました。
しかし、アメリカの部活には、
「トライアウト(入部試験)」
があります。
希望者全員が入れるわけではなく、 ユニフォームをもらえる人数だけが合格。
まさに、弱肉強食。
「英語もろくに話せない日本人が、通用するのか…?」
結果は―― Aチーム(1軍)合格。
自分でも驚きました。
神様の力(=ただの遺伝)で、中2にして身長約180cm。 クラブトップクラスの俊足だったのが、功を奏したのかもしれません。

5. “自由の国”のバスケは、意外と自由じゃなかった
「アメリカのバスケ=自由にプレー」
そう思っていました。 でも、現実は真逆。
うちのコーチ、めちゃくちゃ厳しい。(試合中の規律以外はめっちゃ優しい)
・自由なプレーは禁止
・すべて決められたシステム重視
・中学生なのにプロ並みの規律
「ここ、自由の国じゃなかったっけ…?」
ひたすらシステムプレーを叩き込まれました。このコーチが素晴らしいのは、一つ一つシステムの説明を何度も教えてくれたこと。
この頃から、日常の様々なことに、その理由を考える習慣がつき、これは今、私の大きな財産になっています。
ちなみに、日本の高校でバスケ部に入ったら 練習や色々厳しいのに、試合は自由すぎて逆に驚きました(笑)。
文化の違い、面白いですね。
6. 連戦連勝、そして地域リーグ優勝!
厳しいコーチの指導のおかげで、チームはどんどん強くなりました。
結果―― 地域リーグ優勝!
しかも、地元の新聞に掲載。
(この記事、今でも大切に保管してます🤣)
優勝後には、ダンスパーティーまで開催されました。 映画で見るような、キラキラした世界。
「欧米化か!!…?映画みたい!」(近畿地方の山岳部の超田舎で育った私には映画の世界でした🤣)
たった4ヶ月のチームでしたが、 一生忘れられない時間になりました。

7. 国境を越えた友情
バスケ以外でも、たくさんの出会いがありました。
・アメリカ人の女友達
・クロアチア人の女友達
・日本人の女の子たち
・ポーランド人の親友
特に、ポーランド人の親友には良い意味で裏切られました。
彼はポーランドから、母国に母を残して移住してきたと言っていたので、
「移民=きっと貧しいんだろうな」
そんな勝手な思い込みで、彼の家に行ったら…
庭に、 テニスコートとプール。
どんだけ金持ちやねん!!……

ここで、痛感しました。
👉 人を見た目や背景で判断してはいけない。
もしかすると、 あなたも「思い込み」で誰かや何かを 遠ざけてしまっているかもしれません。
8. コミュニケーション力のルーツ
私はよく、 「コミュニケーション力が高いね」と言われます。
最初はピンときませんでした。 でも、今ならわかります。
そのルーツは、 この中学時代にありました。
・英語がうまく話せない
・言葉だけでは通じない
・表情・ジェスチャー・空気感を総動員
国籍も文化も違う人たちと、 必死に「心を通わせよう」としていました。
気づいたんです。
言葉は、ただのツール。
本当に大事なのは、 「伝えたい」という気持ちと、 「相手を理解しよう」とする姿勢。
この「相手を理解しよう」とする姿勢とは、副業する際に、ニーズがあるかどうかを判断するのに必要な力かと思っています。
あの時、恐怖に打ち勝って一歩踏み出した 14歳の自分に、今は感謝しています😊
まとめ
恐怖の先には、逃げた先では出会えない「宝物」があった
環境が変われば、出会う人も変わる
才能の差はある。でも、挑戦しなければ何も始まらない
国境を越えた友情は、人生を何倍も豊かにする
14歳の私が下した 「人生初の大きな決断」は、間違いなく正解でした。恐怖の向こう側にあるのは、 後悔か、宝物か。
それを決めるのは、 いつも「最初の一歩」です。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました😊 イイねやレビューをいただけたら、飛び跳ねて喜びます!