- 投稿日:2026/02/05
- 更新日:2026/02/13
はじめに|正解を積み上げた先で、私は壊れかけていました
正直に言うと、私はリベ活をかなり頑張りすぎていました。
オフ会を連日のように開催して、人前では元気に話して、「ゆりママさん、すごいですね」と言われることも増えていました。
それなのに、なぜか自宅の食卓では心が凍えていました。
家族がいて、生活は回っていて、大きな問題が起きているわけでもない。
それでも胸の奥だけが、ずっと空っぽな感じがしていたのです。
私はずっと「正解」を積み上げてきたつもりでした。
家計管理も、判断も、行動も。
一人で決めて、一人で抱えて、一人で前に進んできました。
家族と暮らしながら、それでもどこかで、「ここは一人で抱えるしかない」と思い込んでいた10年だったのだと思います。
そんなある日、娘と何気なく見ていた子ども向け番組で、小さな存在がこんなふうに言ったんです。その番組の中で、その存在は「ホンキモちゃん」と呼ばれていました。
「私ね、あなたの本当の気持ちなんだよ。優しいから、いつも本当の気持ちを我慢してるよね。でも、たまには私のこと、思い出してね」
その瞬間、私は10年分の我慢を一気に思い出して、涙が止まらなくなりました。
周りの空気を読んで、自分の気持ちを後回しにしてきたこと。
「今は私が我慢すればいい」と、自分の本音をクローゼットの奥に押し込めてきたこと。
でも、閉じ込められた本音は消えてなくなるわけじゃない。
この話は、成功の話でも夫婦円満の話でもありません。
一人で抱えすぎて、壊れかけた私が、はじめて自分の本音から逃げるのをやめた話です。
そして、小金持ち山の7合目で、はじめて誰かと並んで立てた日の記録です。
正解を出すほど、心に隙間風が吹いていった
振り返ってみると、私はずっと「正解」を選び続けてきました。
家計管理も、支出管理表も、ライフプランも。
調べて、考えて、決めて、実行する。
その一つひとつは、たしかに間違っていなかったと思います。
でも、正解を積み上げれば積み上げるほど、なぜか心の中に隙間風が吹くようになっていきました。
ちゃんとやっているのに、満たされない。
成果は出ているのに、誰かと喜び合っている感じがしない。
そんな感覚です。
家計のことも、将来のことも、「私が考えた方が早い」「私がやった方がうまくいく」。
いつの間にか、そう思うようになっていました。
家族と暮らしていながら、人生の舵取りだけは、ずっと一人で握っていた気がします。
もちろん、夫は夫で頑張っていたと思います。
仕事もして、家族を支えてくれていた。
でも、なぜか私の中では、家計や将来の不安は「自分の仕事」になっていました。
話しても分かってもらえない気がして、最初から一人で抱えることを選んでいたのかもしれません。
「大丈夫」「私がやるから」
そう言うたびに、私は少しずつ、自分を切り離していたんだと思います。
誰かに頼らないことが自立だと思っていました。
一人で決められることが強さだと思っていました。
でも今振り返ると、それは自立というより、孤立に近かった。
正解を出すことに必死で、自分がどう感じているかを、ちゃんと見ていなかった。違和感があっても、「気のせい」「甘え」と片づけて、前に進み続けていました。
だからこそ、あのとき。
ほんきもちゃんの言葉が、あんなにも胸に刺さったんだと思います。
「優しいから、いつも本当の気持ちを我慢してるよね」
ああ、私はずっと、自分にそうさせてきたんだな、と。
結婚10年、ずっと一人で抱えすぎていた
ほんきもちゃんの言葉が刺さってから、しばらくして、別の気づきがやってきました。
私は、結婚してからの10年を振り返ってみて、「ずっと一人で抱えすぎていたんだな」と、ようやく認められたんです。
それは派手な我慢ではありませんでした。
言葉にしなかった気持ち、後回しにしてきた違和感、飲み込んできた小さな本音。
その積み重ねが、いつの間にか10年分になっていました。
体調を崩しがちになっていたことも、今思えばサインだったのだと思います。
それでも私は、「今は踏ん張りどき」「まだ大丈夫」と、自分に言い聞かせてきました。
でも本当は、もう限界に近かった。
このままじゃいけない。
これ以上、自分の本音を置き去りにしたまま進めない。
そうはっきり思ったとき、私ははじめて、自分の本当の気持ちから逃げない覚悟ができました。
相手を変えるためではなく、自分を裏切らないために
自分の中にずっと置き去りにしてきた声を、これ以上なかったことにしないと決めました。
その夜、私は主人と向き合いました。
冷静に話そう、感情的にならないようにしよう。
そう思っていたはずなのに、言葉にしようとした瞬間、溜め込んできたものが一気にあふれてきて、気づいたら泣いていました。
うまく話せたかと言われたら、正直わかりません。
整った言葉でも、論理的な説明でもなかったと思います。
ただ、「私はずっと一人で抱えてきた」「本当は分かち合いたかった」その気持ちだけは、初めてそのまま外に出しました。
主人も、黙って聞いていました。
そして途中から、同じように言葉に詰まり、泣いていました。
一緒にいて15年。たぶん、あんなふうに本音だけで向き合ったのは、初めてだったと思います。
正解を探す話し合いでも、落としどころを決める相談でもなく、ただ「どう感じていたか」をぶつけ合う時間でした。
相手を変えるためではなく、自分を裏切らないために、本音から逃げるのをやめた。
この夜は、そのことを、体ごと理解した時間でした。
小金持ち山の7合目で、はじめて並んで立てた
話し合いのあと、夫が口にした言葉があります。
「俺もリベに入る」
「俺もリベ活がんばる」
「夫婦でやった方が、もっと結果出るよ」
「俺が一番の応援者になる」
「一緒にオフ会やろう」
それは、「分かったつもり」や「任せるよ」ではなく、
具体的な行動として、同じ場所に立とうとしてくれた言葉でした。
私はそのとき、はじめて気づきました。
大事なのは、何をやるかよりも、同じ言葉で話せること、同じ方向を向けていることなんだと。
これまでの私は、ずっと一人で登っていました。
正解を探しながら、誰にも寄りかからず、孤独な登山を続けていた。
でもあの夜を境に、登り方が変わりました。
孤独な登山から、並んで歩く登山へ。
気づけば私は、小金持ち山の7合目に立っていました。
空気は少し薄くて、正直、まだ余裕はありません。
でもその分、景色はどこまでもクリアで、何より、隣に誰かがいるという感覚があります。
一人で登っていたときには見えなかった景色です。
成果よりも安心感の方が大きく、数字よりも分かち合えているという実感の方が、ずっと価値がある。
ここはゴールではありません。
山頂でもない。
それでも、かつて孤独に走っていた私にとっては、十分すぎるほどの場所でした。
おわりに
お金を貯める理由も、覚悟を持つ理由も、人の顔色をうかがうのをやめる理由も、私にとっては、全部同じでした。
自分の本当の気持ちを、もう二度と置き去りにしないため。
世の中には、いろいろな夫婦の形があります。
いろいろな働き方も、生き方もあります。
私は、この道を選びました。
それだけの話です。
そして、最後にひとつだけ。
「たまには私のこと、思い出してね」
そう言った、ほんきもちゃんに。
あなたは、なんて答えてあげたいですか?