- 投稿日:2026/03/10
東日本大震災から15年。
宮城県で被災した私が、当時をちょっとだけ振り返ってみます。
今回は、震災直後の通勤事情について。
当時、自宅から電車を乗り継ぎ1時間以上かけて通勤していたのですが、地震後、電車はしばらく動きませんでした。
そんな中、職場とどのように状況を共有し、出勤についてどう判断したのか。
そんなことを綴ってみたいと思います。
※災害時は、まず自分と家族の安全を守ることが最優先です。その上での一つの経験として読んでいただければと思います。また、震災の話題に触れています。被害の描写はありませんが、無理のない範囲でお読みください。
【当日】休日の震災
震災当日、たまたま仕事が休みだった私は自宅で被災。勤務先(公立保育所)の状況は分からないまま、その日は自分の安全確保に努めました。
【翌日】タクシーで出勤
翌朝なんとか繋がった上司との電話。大きな人的物的被害はないが、保育所は一旦休所とのことで、出勤は求められませんでした。ただ、一人暮らしで自宅にいるのも不安だった私は、自主的に出勤を試みることに。
しかし…大きな地震で、いつも使っている電車は止まっている。
それならばタクシーで…と思ったけど、そもそも電話が繋がらない。
駅まで歩けばタクシーいるかな?
そんな感じで外に出てみると、近所のコンビニに予約ランプで待機しているタクシーを発見。その運転手さんに、別のタクシーを呼んで貰えないかと声をかけてみると、
「一応待っているが、予約のお客さんが来ていない。おそらくこの状況ではキャンセルだろう。」
とのことで、そのタクシーに乗せて貰えることに。
普段は電車で1時間以上の通勤路。どのくらいの時間がかかったかは覚えていませんが、途中道路の被害で迂回したりしながら、なんとか職場まで送り届けてくれました。
職場では、震災当日の状況や今後の見通しなどを上司と共有。
通勤のための交通機関が復旧するまで、私は自宅待機することになりました。
子どもたちの避難誘導をしていた職員のことを思うと心が傷みましたが、この日いつもの職員と顔を合わせられたことで、ホッとしたのを覚えています。
出勤が正解とは限らない
その日の帰りは、自宅の方向が一緒の先輩に車で送ってもらいました。
とてもありがたかったのですが、貴重なガソリンを使わせてしまった申し訳なさも。
そして…この日のタクシー代は1万円以上でしたが、当日臨時職員だった私は日給7,000円程…。
「とにかく状況を知りたい」「出勤してた職員はみんな大変なのに、私だけ…」という思いで、この日は出勤する決断をしましたが、やはりムリして出勤するのが正解ではないんだろうなと、何となく腹落ちしました。
その後は1週間ほど自宅待機で過ごしました。
【1週間後】代替バスで出勤再開
約1週間後、職場の近くの駅までバスが定期的に出ると知り、その旨を職場に報告、出勤を再開しました。
ただ、本数が限られているので、早番や遅番は外してもらいました。
登園している子どもは普段より少なめでしたが、年度末ということもあり、保育所は大忙し。
臨時職員で、年度末で退職だった私ですが、卒園式も見届けて、最後の日まで勤務することができました。
まとめ
災害時の「出勤する・しない」に、絶対の正解はないのかもしれません。
私もあの日、「とにかく状況を知りたい」という思いで出勤しましたが、交通手段が確保できない中で無理を続けることが正しいとは限らないと感じました。
一度顔を合わせて状況を共有できたことは安心につながりましたが、その後は自宅待機という判断になりました。
※もちろん、災害時こそ出勤・出動しなければならない職種の方がいらっしゃるのも事実です。そういう方たちのおかげで、私は安全に自宅待機できたし、バス通勤することもできた。本当にありがとうございます。
大切なのは、「出勤しなきゃ」という焦りだけで行動するのではなく、落ち着いて、誰とどう連絡を取り、どんな情報をもとに判断するのかいうということだと思います。(もちろん、自分と家族の安全確保をした上で。)
災害はいつ起こるか分からないし、その時の状況も人それぞれですが、この体験談がいざという時の考え方のヒントになれば嬉しいです。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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