- 投稿日:2026/03/20
- 更新日:2026/03/23
🔩定年退職後、どうする?
夫が45歳になる年に、ふと「定年退職したあと、どうする?」という会話を夫婦で始めました。
その時の定年退職の想定は60歳として。
「あと15年しかないね。」
と、ちょっと具体的に考えてみたのです🤔
👥夫の器用さに未来を託した不器用妻
夫はもともと、とても器用な人です。
将来の話を始めた当時、板金設計の仕事をすでに20年以上続けており、技術も経験もありました。
一方で私は、不器用です。
日曜大工のようなこともできませんし、何事にしても「自分で稼ぐ力がある」とは思えていませんでした。
だからこそ、思ったのです。
「この人が力を発揮できる形を作れたらいいんじゃないか」と。
お金をたくさん稼いでほしい、というよりも、何かを作りながら「おもしろい」と思えることを見つけてほしい。
定年退職後も、生きがいを持って暮らしてほしい。
その先に、結果としてお金がついてくればいい。
そんなふうに考えていました。
🏠思い切ってマンションを手放した理由
当時住んでいたのは、新築で購入した分譲マンションでした。
まだ築年数も浅く、一般的に見れば「手放す理由はない」と思われるような環境だったと思います。
それでも私たちは、そのマンションを売却し、賃貸へ引っ越すという選択をしました。
理由はシンプルで、 「ここにいても意味がない」と感じたからです。
子どもに恵まれなかったことで、家が広すぎると感じていたこと。
そして、夫が将来的に描く未来像がこの場所では実現できないと思ったこと。
将来のことを考え始めたものの、具体的に何をするのかも決まっていない。
そんな状態でこの先を迎えるのは、不安でした。
だからこそ、まずは身軽になること。
固定費を見直し、少しでも自由に動ける状態をつくること。
そのために、思い切ってマンションを手放しました。
この決断が私たちの最初の一歩だったのです。
「将来何をするか決まるまでは、自分たちが好きな場所に住もう」
そう決めて物件探しをした結果、思っていたよりも早く、希望する賃貸マンションに引っ越すことができました。
新築分譲マンションに比べると、質は落ちたかもしれません。
それでも、夢への第一歩を踏み出せたようで、気持ちはとても満たされていました。
👤転職先で苦しむ日々~夫婦ともにメンタルやられる
マンションを手放し、新しい生活が始まりました。
これで少しは前に進める。
そんなふうに思っていたのですが、現実はそう甘くはなかったのです。
まず、私。
13年パート勤務した職場を辞め、新しい仕事に就きました。
かねてからやってみたかった仕事でもあったのです。
しかし、本来の不器用さと要領の悪さから、大変苦労しました。
職場の独特な雰囲気に慣れず、パワハラも受けました。
激務に身も心もボロボロの状態にまでなっていく感覚まで追い込まれたものでした。
そして、夫。
当時勤めていた会社での勤務に嫌気がさし、転職を考え始めたのです。
私はこの転職に関しては反対していたのですが、夫は転職を決めました。
ところが、新しい業種の職場に勤め始めた夫は、
「仕事がまったくおもしろくない」と愚痴をこぼし始めたのです。
「もう無理かもしれない」
そう口にする夫に、私はこの転職でお世話になった方々への申し訳なさもあり、ずいぶん叱りました。
けれど次第に、それまで見たこともないような、まるで生気を失ったかのような表情を見せるようになっていったのです。
夫婦それぞれが、メンタル崩壊寸前まで追い込まれた時期もあり、
「引っ越さなければよかった」
そう思ってしまったこともありました。
気がつけば、夫婦ともに気持ちに余裕がなくなっていたように思います。
紆余曲折ののち、私は、不本意ながら今の職場でパート勤務を始めました。
意固地になって手放さなかった仕事の条件を、ついに手放したのです。
仕事をすることに対しすっかり自信を無くしてしまっていた私は、リハビリ的な思いでの選択だったのです。
夫もまた、今の会社に転職しました。
しかし、この選択で、私たちは気づいたのです。
私は、
「自分に向いてる仕事とは何か」
ということ。
そして夫は、
「やっぱり板金設計が好きなんだ」
ということ。
ここにきて、やっとスタート地点に立ち返ったのです。
そこにたどり着くまでに、約3年の月日を要しました。
🦁リベシティに入会。でも何もできずに退会
私が両学長に出会い、リベシティに入会したのは、2022年の8月でした。
「ここなら何か変われるかもしれない」そんな期待を持っての入会でした。
けれど正直に言うと、何をどうすればいいのか、まったく分かりませんでした。
今のように宿題があるわけでもなく、情報は多い。自分がどこに入って、何をすればいいのかが分からない。
とりあえず、プロフィールにリベネームとアイコンを設定したまま、時間だけが過ぎていきました。
周りはどんどん動いているように見えるのに、自分だけが取り残されているような感覚。
ただ、学長ライブは聴いていましたし、その頃、口酸っぱく言われていた簿記3級はこの時期に取得。
保険の解約や口座の整理なども、すぐに行いました。
それでも――人との関わり方が分からない。
結局、「何もできていない」と感じるまま時間だけが過ぎていき、私は2022年12月末で、一度リベシティを退会することを決めます。
今思えば、あのときは「環境」ではなく「自分の状態」が整っていなかったのだと思います。
🐧2023年3月21日、最強開運日に再入会
リベシティを一度退会してから、しばらく時間が経ちました。
それでも忘れていたわけではなく、 頭の片隅にはずっと残っていて、戻るタイミングを計っていたように思います。
そして2023年3月21日。
最強開運日と呼ばれるその日に、「この日しかない!」と決意し、私はもう一度リベシティに入会しました。
前回は、何も分からないまま終わってしまった。だからこそ、今度は少しでも前に進めたらいい。
そしてもうひとつ。
「何をしていいのかわからない」と、進歩のない夫をリベシティに入会させ、きっかけを作りたい。
そんな気持ちでの再スタートでした。
あのときはまだ、この先どうなるかなんて、まったく想像もしていませんでした。
🕳️夫もリベシティへ(ここが転機)
再入会した私には、大きな目的がありました。
それは、夫にもリベシティに入ってもらうこと。
これまで「何をしたらいいのか分からない」と言い続けていた夫に、何かのきっかけを作りたいと思っていました。
夫も学長ライブを聴くようになり、「この人の言うことは正しい」と認めてはいたものの、リベシティに入会することには、どこか少し疑っているようなところもあったようです。
しかし、きっかけを掴めない夫に対し、私は半ば強引に入会を促しました(笑)
その流れで、夫もリベシティに入会することになったのです。
正直なところ、この時点では何かが大きく変わるとは思っていませんでした。
もちろん、何かが変わってほしいとは願っていましたが。
でも今振り返ると、
ここが大きな転機だったのだと思います。
🏢オフィスでの出会いがきっかけで動き出す
リベシティに再入会してしばらく経った頃、私は初めてオフィスを訪れました。
初めて訪れる場所でしたが、「どんなところだろう」とワクワクしていました。
そこで出会った方の中に、
「この人なら、夫の話を聞いてくれるかもしれない」
そう思える方がいました。
不思議なもので、その出会いをきっかけに、少しずつ流れが変わり始めました。
夫はその後、自分の話を聞いてもらったことで、
「やっぱり自分はものづくりが好きで、オリジナルを作ってみたい」
という気持ちに気づけたようでした。
ただ――そこからすぐに何かが始まったわけではなく、実際にはその後しばらく、何もできない時間が続きました(笑)
それでも、確実に何かが動き出した、そんな感覚だけはありました。
さらにオフィス初訪問のその日、私は別の方から
「ブログをやってみたら?」と声をかけていただきました。
それまで書くことを特別に意識したことはありませんでしたが、その一言がきっかけで、私は文章を書き始めることになります。
振り返ってみると、
あの日の初オフィス訪問は、私たち夫婦のこれからの道筋を開いてくれた“大きなきっかけ”だったのだと思います。
🔩夫のオリジナル製品の誕生
オフィスでの出会いをきっかけに、少しずつではありますが、夫のものづくりが動き出しました。
のちに、夫の今のところの代表的な製品を生み出すきっかけとなったのは、とても小さなことでした。
オフィスで、100円ショップの簡易的な台を使っている方を見て、 夫が「どうしてそんなものを使っているんだろう」と感じたことから始まります。
「自分が作ってみようか」
その一言が、最初の一歩でした。
まずは鉄板を使って試作してみましたが、重さがあり、使い勝手としては課題もありました。
そこから、以前から興味を持っていた3Dプリンターを使い、改めて設計し直すことにしたのです。
そして完成したのが、オリジナルのモニタースタンドです。
使っていただいた方からの声をもとに、使い勝手を少しずつ調整しながら、改良を重ねていきました。
そのスタンドは、オフィスで使っていただくようになり、それを見た方が「これいいね」と言ってくださることも増えていきました。
まだまだ小さな一歩ではありますが、ものづくりが形になり、誰かに使ってもらえている。
そのことが、少しずつ夫の自信につながっていっている…そう私は感じています。
🌅ぼんやりした未来が形になる気がした日
夫のものづくりが少しずつ形になり、誰かに使ってもらえるようになってきた頃。
私は、ふと感じたことがありました。
「もしかしたら、この先が少し見えてきたのかもしれない」
これまでずっと、将来のことを考えても、どこかぼんやりしていて、つかみどころがありませんでした。
何をしたらいいのか分からない。
どう進めばいいのかも分からない。
そんな状態が長く続いていたからこそ、少しでも形が見えたことが、とても大きな変化のように感じられたのだと思います。
まだ、はっきりとした未来が見えているわけではありません。
それでも、
「この方向でいいのかもしれない」
そう思えるようになったことが、私たちにとっては大きな一歩だと思うのです。
🧩得意を分けたら、前に進み始めた
振り返ってみると、私たち夫婦は、自然と役割が分かれていったように思います。
夫は、設計やものづくりといった「形にすること」が得意。
一方で私は、文章にしたり、流れを考えたりといった「言葉にすること」が得意です。
どちらが上ということではなく、ただ、できることが違っていただけでした。
以前は、「自分も何かできるようにならないと」と思っていましたが、無理に同じことをしようとする必要はないのかもしれない、と思うようになりました。
それぞれが得意なことを持ち寄ることで、 少しずつですが、前に進めるようになってきたのだと思います。
夫婦に限らず、誰かと一緒に何かを進めるとき、
「自分は何ができるか」だけでなく、「相手は何が得意なのか」を見てみる
そんなことも、ひとつのヒントになるのかもしれません。
🙋🏻♂️🙋🏻♀️これからも夫婦のペースで
ここまで振り返ってみて、改めて思うのは、
私たちは決して順調に進んできたわけではない、ということです。
迷って、止まって、遠回りもして。それでも、少しずつ前に進んできました。
スピードは決して速くありません。
でも、それでもいいと思っています。
夫は夫のペースで。
私は私のペースで。
お互いにできることを持ち寄りながら、これからも、少しずつ進んでいけたらと思います。
私たち夫婦は、まだまだこれから、です。
そう言えるのも、
リベシティに入会し、両学長の言葉を信じて、奮起できるようになったこと。
そして、笑い合えて、支えてくれて、刺激をくれる仲間に出会えたこと。
そのひとつひとつのご縁に、
今、あらためて感謝しています。
🍀さいごに
「私たちは、はっきり言って出遅れだからね」
そう私は言っていました。
いえ、今も少しは思っています(笑)
これまでお金にさほど興味がなく、増やす術も知ろうとはしていなかったのですから。
気づかない無駄な出費も、たくさんしてきました。
気づけば、なんとなく「年金」という文字もうっすら見え始め、将来を話し合い始めた頃に言っていた
「10年後はどうなってるんだろうね」
という未来が、もうやってきます(笑)
それでも今は、
あの頃とは少し違います。
漠然とした希望は、行動を起こさなければ何も進まず、叶うこともない。
そう気づいたからこそ、この不器用な私でも、「こうなれたらいいなぁ」と少し先の未来を思い描きながら、今もがいています。
正直に言えば、文章での収益はほぼありません(笑)
それでも、続けていることに意味を感じています。
夫は、培ってきた技術を生かし、少しずつ副業の幅を広げています。
見えない未来に、不安がないわけではありません。
それでも、
わからない未来を先に憂うよりも、
今、ひとつでも前に進んでいきたい。
たとえ、まだ迷路の中であっても。
“手応え”をもっと感じられる時が、きっとくる。
そう思って過ごしています。
最近、夫にこう尋ねてみました。
「そうやって、副業できていることは楽しい?」
夫は、
「そうね。楽しいよ!」
と答えました。
私たち夫婦が10年前にぼんやり描いていた未来が、少しずつ形になり始めているのかもしれない。
そう思えた瞬間でした。
「リベシティに入会していなかったら、きっと何も変わってなかったよね。」
そう話しています。
リベシティとの出会いに、本当に感謝しています。
これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
以上、迷子夫婦の歩んだ10年間の道のりでした。
これから人生の長い道のりを歩んでいく方、もしくは、もう遅いんじゃないかと思っている方へ。
この記事が少しでも希望になれたのでしたら幸いです。
長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました😊