- 投稿日:2025/11/18
- 更新日:2025/11/20
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要約
昭和の登校班で出会った不登校の子。学校に行かなくなった彼が、後に大活躍していたことを私は後から知った。「不登校は感性が周りより先を行く子のサインかもしれない」と私が思ったきっかけになった実話。不登校で悩む全ての人に向けて書きました。
こんにちは!
東京で鍼灸整骨院とレンタルサロンを経営しているすまいる院長です。
いつもは「治療家が稼ぐ力をつけるための記事」や「健康の話」などを投稿していますが、今回は少し趣向を変えて、私自身の過去の経験談をお話しします。
テーマは
「不登校は大物の証かもしれない」
という話です。
今、自分や家族が不登校などで悩んでいる方の気持ちが少しでも楽になればと思って書いたものです。
自分の経験の話なので時代も違うし、この内容が正しいか間違っているか等はわかりません。
こういう話もあるんだな。という気持ちで読んでみてください。
不登校というものを知った小学生時代
昔々の昭和50年代の東京のお話。
当時、私の地域の小学生は近所の仲良しがまとまって登校していました。
通学路の途中にある家の子を呼ぶ時は、定番の
「〇〇く〜ん。ガッコ行こ〜😊」
って感じで呼んでいました。
だいた7〜8人位でまとまって登校する感じでした😄
上級生が下級生を連れて行く感じで、親も安心だったのだと思います👍️
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