- 投稿日:2025/11/24
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
「人口減少は日本の危機なのか?」
「孤独がつらいのは人間関係が原因なのか?」
多くの人が抱く不安は、実は大きな誤解の上に成り立っている。
今回は荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』2023年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:荒川和久
広告会社にて自動車・飲料・ビール・食品など幅広い業種の企業業務を担当したのち独立。ソロ社会やソロ文化、独身男女の行動や消費を研究する「独身研究家」として、国内外のテレビ・ラジオ・新聞・雑誌・WEBメディアに多数出演
✅ 人口減少は恐れるべき危機ではなく「必然の流れ」である。
✅ 孤独の正体は「人間関係」ではなく「経済不安」である。
✅ 所属ではなく“接続”を増やすことで幸福は再構築できる。
人口学的には、人類は「多産多死→多産少死→少産少死→少産多死」というサイクルで流れていく。これは日本に限らず、世界のすべての国が同じ過程を進む。その傾向は、先進国や高所得国から先に進むのだが、日本はその先駆けといえる。少子化も人口減少もマクロ視点で見れば、このような人口転換メカニズムの大きな流れの中で推移していくものなのである。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
本書は、ソロ社会の本質を読み解き、私たちが“どう生きるか”を根っこから問い直す。
今回は、人口・孤独・コミュニティの本質に迫り、新しい幸福戦略を解説する。
『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
今は上り調子か、下り調子かは、本当の意味で誰も知らない。
人口減少は少子化のせいなのか?「少子化」や「出生率」の話題と同様、メディアが困った時に使うのが「人口減少」というキーワードである。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
人口減少の本質は“少子化”ではなく“多死化”である──減りゆく未来は恐怖ではない
増えたお金はいつか消費される。人口も同じだ。
日本は世界1位の高齢化率で、長寿の国だが、なぜそうなったかというと、1951年から2011年まで60年間にもわたって人口千対死亡率がわずか10・0未満の状態が続いたことによるものである。「世界一死なない国」だからこそ、戦後わずかの間に、諸外国を一気に抜いて世界一の超高齢国家になったのだ。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
⇒ 人口減少とは“崩壊”ではなく、構造的に避けられない“自然な変化”である。
日本の人口減少は一般に「少子化の問題」と捉えられるが、著者が強調するのは本質がまったく異なる点である。
人口が減る最大要因は、出生率の低下ではなく、「戦後に生まれた大規模世代がいよいよ一斉に亡くなり始める」という構造的な“多死化”である。
日本は2024年以降、年間150万人以上が亡くなる「戦争級の多死社会」に入った。
これはスペイン風邪流行期を超える規模であり、約50年間も続く長期トレンドである。
どれほど出生率が改善しても、この流れを短期で変えることはできない。
つまり、人口減少は「政策をミスした結果」ではなく、「長寿国として積み上げてきた人口構造の必然」である。
さらに、2100年に人口6000万人になる未来は決して破滅ではない。
フランス・イギリス・イタリアと同等規模であり、むしろ日本がようやく“適正人口”へ戻るプロセスとも言える。
これまでの1億2000万人という規模こそ、戦後の特殊状況が生んだ“膨らみすぎた人口”だったのだ。
人口が減ることを恐怖として煽る言説は多いが、重要なのは「現実を冷静に受け止め、適応戦略を考えること」である。
人口減は危機ではなく、次の時代の前提条件にすぎない。
世界の潮流は“少母化”と人口縮小──日本はその先駆けにすぎない
石を湖に投げれば波紋が出る。だが、いつかは落ち着くものだ。
子どもの数が減る前に、母親となる女性の数が減るのである。母親になる数が減れば当然少子化になり、少子化となった子どもたちの世代もまた少母化になる。こう見れば、子育て支援の充実が出生を増やすということにはならないことがわかるだろう。まったく的外れでしかない。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
⇒ 出生数の未来を決めるのは政策ではなく“母親数の数学”であり、世界は日本の後を追って人口縮小する。
人口減少は日本特有の問題と思われがちだが、現実はまったく逆である。
世界の先進国はすべて、すでに「少産少死」から「少産多死」へのフェーズに入り、母親となる女性人口の急減──つまり“少母化”──の影響で出生数が下がり続けている。
国連の人口推計でも、最も現実的な「低位推計」では2100年の世界人口は約70億人へ減少するとされる。
これは現在より10億人以上少ない数字だ。
人口が増え続けるのはアフリカ諸国のみで、欧州、中国、韓国などは日本と同じく大幅減少に向かっている。
ここで重要なのは、「子育て支援を増やしても出生数は増えない」という著者の鋭い指摘である。
出生数は支援額で決まるのではなく、“母親の絶対数”という冷徹な数学で決まる。
出産可能年齢の女性が減れば、どれほど政策を打っても母数そのものが消えるため、出生数は増えようがない。
また、20〜40歳女性の人口減少は世界的にも共通している。
日本の人口グラフと世界の人口グラフは、約40年のタイムラグを持ちながら、驚くほど同じ曲線を描いている。
日本は「問題の国」ではなく「未来の世界を先に経験している国」なのだ。
出生率議論では「子どもが増えない理由」を感情論で語りがちだが、現実は極めてシンプルである。
“母親の数が減り続ける限り、出生数は下がり続ける。”
その構造を理解すれば、「日本だけが特別に終わっている」という悲観は、完全に的外れである。
孤独の正体は“人間関係”ではなく“経済的不安”である──ソロ社会の幸福は“接続”で決まる
本当の意味で孤独になる方が難しい。
孤独を苦痛と感じる人の根本が「人とのつながりがないことではなく、お金がないことの不安」だとするならば、話し相手がいればいい、とか、居場所があればいい、という前に「まず、金をよこせ」といいたいだろう。勿論「金さえあれば人は孤独に苦しまない」なんて結論づけたりはしていない。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
⇒ 孤独の本質は“経済的不安”であり、幸福は“所属”ではなく“接続”によってつくられる。
多くの人が「孤独=人との関係が少ないこと」と思い込んでいる。
しかし、著者が示した大規模調査では、孤独感を強める最大の要因は“年収”であった。
年収が上がるほど孤独感は低下し、単身者でも夫婦でも傾向は共通している。
逆に年収が低い人ほど孤独感は高くなる。
つまり、孤独は「友達がいない」「恋人がいない」という話ではなく、圧倒的に“経済問題”なのだ。
収入が不安定な状況では、行動力、好奇心、自己肯定感、社交性が削られ、世界がどんどん閉じていく。
これは精神の問題ではなく、貧困によって「少し外に出る余裕」すら奪われる構造的問題である。
「貧すれば鈍する」といわれるように、「金がない」という環境は、人間のあらゆる行動を萎縮させる。何もしたいと思わなくなる。失敗したくないと思う。面倒くさいと思う。自分の姿形すらどうだっていいと思う。そんなもの気にしていられないと思う。自分のことすら気にしない人間は他人のことを気にしたり、心配したりする余裕がなくなる。そうした状態に陥ってしまうと思考の視野が狭くなる。精神的にも閉じてくる、病んでくる。もし、そうした状態を「孤独に苦しむ」ということだとするならば、それを解決するのは個々人のコミュニケーション力や性格など属人的な問題ではなく、毎日を心配しなくていいお金という経済環境の話だったりするのではないか。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
一方で、孤独は悪者ではない。
人間が誰かや何かと向き合った瞬間に生まれる“心の投影”こそが孤独であり、創造性や深い感情の源でもある。
孤独を拒否し続けるほど苦しくなり、生きづらさが増すだけだ。
鍵となるのは、「所属する場所」ではなく「接続する関係」を増やすことである。
家族・会社・地域などの「固定コミュニティ」だけに依存するのは、これからの時代にそぐわない。
ゆるいつながり、短期的な接点、オンラインの縁、本・映画・音楽との接触……こうした“軽やかな接続”こそが、孤独をやわらげ、幸福を積み上げる基盤となる。
幸福とは状態ではなく行動である。
行動すればするほど、新しいつながりと新しい自分が積み上がる。
これが著者のいう「しあわせ資本主義」であり、ソロ社会を豊かに生きるための核心である。
お金持ちがどんどんお金を増やすように、しあわせな人はよりしあわせを感じられるようになる。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』

リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』
「20代で基礎を固め、40代までにキャリアのピークを迎え、60代で引退」という一本道の人生設計が変化しつつあることを述べた書籍。
本書は、そうした恩恵を現実化するために最初の一歩を踏み出すようなあなたを誘う招待状だ。
リンダ・グラットン/アンドリュー・スコット著『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』
河合雅司著「未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること」
悲観論が強いけど、チャンスはあるぜ。
自身の計画立案やネタにしないと何の意味もないぜ。
君たちはどう生きるか?
人口減少対策とは「夏休みの宿題」のようなものである。 いつかはやらなければならないと頭では分かっていても、ついつい後回しにしがちだ。 その変化は日々の暮らしの中では目に見えないほど軽微なためである。 「まずは目の前の課題をこなすことが先だ」と言い訳しながら、時だけが過ぎていく。 だが、それでは日本社会は遠からずタイムオーバーとなる。
河合雅司著「未来の年表 業界大変化 瀬戸際の日本で起きること」
NHKスペシャル取材班『中流危機』
⇒ 所得の中央値が崩れ、日本人の「普通」はもはや幻想となった。
かつて「一億総中流」と呼ばれた日本。
その中流層を支えたのは、安定した正社員雇用と右肩上がりの経済だった。
しかしバブル崩壊以降、経済構造は大きく変化した。
実質賃金は下がり続け、所得の中央値は25年間で505万円から374万円へと130万円も減少している。
かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人たちだった。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れている。
NHKスペシャル取材班『中流危機』
決して、この問題は今の時代の話だけではない。
幕末の日本では、運命共同体のような「藩」という「会社」の中で守られていた雇用が、近代化という世界的なイノベーションの波にさらされた。
このグローバリズムに乗り遅れないために、社会変革を迫られたのが明治維新である。
中流の行方に着目したのが福澤諭吉であり、当時のベストセラー『学問のすすめ』の中で、「国の文明は……必ずその中間より興りて、衆庶の向かうところを示し」得る人材が必要だと力説している。
すなわち「学び直し」こそが〝中流再生〟のカギとなることは歴史が物語っているのだ。
歴史は少しずつ事情を変えながらも、繰り返している。
まとめ
✅ 人口減少は恐れるべき危機ではなく「必然の流れ」である。
✅ 孤独の正体は「人間関係」ではなく「経済不安」である。
✅ 所属ではなく“接続”を増やすことで幸福は再構築できる。
独身が5割を占めるといっても、それ以上増えることにはならないだろう。適当なことを書いているわけではない。恋愛強者は3割とはいえ、実際の夫婦調査をすると夫婦のどちらかが強者である割合は5割を占める。恋愛強者同士でマッチングするわけではないからだ。3割の強者が、夫婦全体の半分を作っている。全員が結婚するという皆婚が絶対善ではない。全員が同じような人生をコピーロボットのように過ごす、かつての人生すごろくの方が異様だったのである。
荒川和久著『「居場所がない」人たち 超ソロ社会における幸福のコミュニティ論』
⇒ 孤独も人口減少も「避けられない現実」ではなく「扱い方次第の資源」である。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆

