- 投稿日:2025/08/21
- 更新日:2025/09/29

こんにちは。不動産業界歴20年以上、東北で現役の不動産屋として日々活動しているパパッパです。
この物語は、「田舎の実家を売ろうかな」と思ったときに、誰もが直面する“リアルな戸惑い”を描いています。
ネットにはたくさんの情報がありますが、それをどう活かすかは別の話。
一見「正しそう」なやり方でも、前提が違えばうまくいかないこともあります。
そんな現場での“あるある”や気づきを、ドラマ仕立てでお届けしています。
難しい言葉はできるだけ使わず、不動産に詳しくない方にも読みやすい内容を心がけています。
理沙や杉山と一緒に、少し先の未来をのぞく気持ちで読み進めてみてください。
なお、前回の【第2章】では、地元の不動産会社で「媒介契約」について話を聞いていた理沙。
そこで、「複数の業者に仲介を依頼すれば良い…とは限らない」という説明に触れて、思わず驚いてしまう場面を描きました。
▶︎ まだの方はこちらから|現役不動産屋が教える【媒介契約のよくある誤解とは?】──同じ悩みを抱えた2人の物語
それでは、続きをどうぞ。
第3章「不動産仲介のしくみ」
「どういうことですか?」
理沙が、はっとして顔を上げると、宮下は軽くうなずき、手元の資料をめくった。
「その理由を説明する前に、まずは仲介業者の“報酬の仕組み”を押さえておきましょう。
実は、不動産会社の動き方や契約の進め方には、この報酬形態が大きく影響しているんです」
宮下は白紙にサッと数字を書き込みながら続けた。
「仲介業者の主な収入源は“仲介手数料”です。
これは売買が成立したときに売主や買主から受け取る報酬で、金額の上限は宅建業法という法律で定められています。
売買価格が400万円を超える場合、
これが《片手》の上限額になります」
理沙が小首を傾げる。
「《片手》って、なんですか?」
宮下はペンを置き、少し間を置いてから説明を続けた。
「《片手》というのは、売主か買主、どちらか片方からだけ仲介手数料をいただく形です。 そして、売主と買主の両方から手数料をいただける場合を《両手》と呼びます」
理沙はうなずきながらメモを取った。
「たとえば2,000万円の物件だと、 3%に6万円を加えて66万円。これに消費税を加えると、約72.6万円になります。 これが《片手》でいただける上限です。
《両手》になると、この金額を売主・買主それぞれから受け取れるので、単純に2倍の145.2万円になるんです」
理沙は思わず「へえ……」と声を漏らした。
宮下はペンを置き、少し声を落として続けた。
「つまり元付会社は、買主を自社で見つけられれば《両手》、そうでなければ《片手》になります。
すると、なかには──“最初から片手になるリスクをなくしてしまおう”と考える業者もいるんです」
理沙はペンを止め、顔を上げた。
「どういうことですか?」
宮下は言葉を選びながら説明を続けた。
「本来なら、元付の会社は売り物件の情報を“市場全体に開示”して、他社の担当者でも買主に紹介できる状態にしておきます。ところが一部の業者は、他社から問い合わせがあっても『扱っていません』などと答え、事実上、自社内だけで決めようとする。これが“囲い込み”です」
「囲い込み……聞いたことあります」
理沙は眉をひそめて、小さくうなずいた。
「もし任せた会社がそういうことをしていたら……売主にとっては大変なことになりますね」
宮下は真剣な表情でうなずいた。
「そうなんです。だからこそ、契約の形態や不動産会社の姿勢を理解しておくことが大切なんです」
理沙は眉を寄せてつぶやいた。 「……なんだか、不動産会社にもいろんな思惑があるんですね」
宮下は穏やかに笑ってから、資料のページをめくった。
「そうなんです。そこで大事になってくるのが、不動産会社の立場を表す《元付(もとづけ)》と《客付(きゃくづけ)》という考え方です」
宮下は資料を指しながら、ゆっくりと説明を続けた。 「不動産の取引では、売主さんから直接依頼を受けて販売を任される会社を《元付》と呼びます。 一方で、家を探している買主さんの相談を受けて、その希望に合った物件を紹介する立場の会社を《客付》といいます」
理沙はうなずきながら、ノートに書きとめていく。
「つまり──売主側の担当が元付、買主側の担当が客付。そういうイメージで考えていただくと分かりやすいと思います」
宮下はそう言って、紙に簡単な図を描いた。
「たとえばこちら──」 彼は円を二つ並べて、一方に「売主」、もう一方に「買主」と書き、その間を「売買」と線で結んだ。そして売主からA社、買主からB社へと矢印を伸ばし、「仲介」と記した。「この場合、売主側を担当するのが《元付》のA社、買主側を担当するのが《客付》のB社です。この場合は、《片手》の取引になります」
続いて宮下は、もう一枚に別の図を描いた。 「そしてこちら──売主と買主の両方が、同じ会社を通して売買契約を結ぶ場合があります。このとき、その会社が《元付》と《客付》を兼ねる形になり、これが《両手》です」
理沙はノートから視線を上げ、ゆっくりとうなずいた。
「売主側が元付、買主側が客付……。場合によっては同じ会社が両方を担当するんですね。さっきの《両手》《片手》の話とつながってきました」
宮下はしっかりとうなずいてから、続けて言った。
「おっしゃる通りです。だからこそ、一部の元付業者は“自分のところで決めたい”という思惑から、他社を排除しようとする。その結果生まれるのが、先ほど説明した囲い込みです」
理沙は少し眉をひそめ、ペンを走らせた。 「……そういう背景があるんですね。仕組みが分かってくると、両手や片手の意味がよりリアルに感じられます」
宮下はページをめくり、少し間を置いてから、資料の一部を指で示した。 「ここでポイントになるのが、物件情報の流通経路です」
理沙は顔を上げて首をかしげる。 「物件情報の流通経路……?」
「はい。不動産会社同士で物件情報を共有する仕組みがあって、それが《レインズ》と呼ばれるネットワークです。
元付の会社は、売主さんから預かった物件をレインズに登録する義務があります。そうすることで、全国の不動産会社がその情報を見られる状態になるんです」
理沙は納得したように小さくうなずいた。
「じゃあ、客付の会社は《レインズ》を通じて物件を知り、買主さんに紹介するんですね」
「その通りです」宮下は微笑んだ。
「だから本来なら、元付の会社は物件情報を市場全体に開示して、どの会社でも買主に紹介できる状態にしておかなければなりません。ところが一部の会社は……さきほどの“囲い込み”をするんです。
具体的には、他社から問い合わせがあっても、『商談中のお客様がいるので紹介できません』と嘘をついて、他社に物件情報を出しません」
理沙は少し険しい顔をしてメモを取った。
「……なるほど。ルールとしては情報を公開する仕組みがあるのに、それを逆手に取る業者がいるんですね」
宮下は資料を指さしながら、言葉に力を込めた。
「ただ、ここで一般媒介契約の意味が出てきます。一般媒介だと、複数の会社に同時に販売を依頼できます。元付各社がレインズに登録するので、同じ物件情報が同時に複数の経路から市場に流れることになるんです」
理沙は「ふむふむ」とメモを取りながら耳を傾けた。
「そうすると、もし一社が情報を囲い込もうとしても、その間に別の元付会社が買主を見つけてしまう可能性がある。つまり、囲い込みが成り立ちにくくなるんです。
結果的に、売主にとっては“より開かれた取引”になりやすいわけです」
理沙は深くうなずき、メモに線を引いた。
「なるほど……つまり、一般媒介だと“囲い込み”をする余地そのものが小さくなるんですね」
「その通りです」宮下は穏やかに頷いた。
「だから一般媒介は“悪徳業者を排除しやすい”と言われます」
理沙は心の中で、学長がYouTubeで言っていた言葉を思い出した。
(“とりあえず一般媒介でいいんじゃない”って言ってたのは、こういうことだったんだ……)
理沙は顔を上げ、少し身を乗り出した。
「でも……どんな物件でも“一般媒介にすれば安心”っていう単純な話ではない。ですよね?」
宮下はうなずき、資料を指で軽く叩いた。
「そうなんです。ここからが大事なところです。
先ほども触れましたが、一般媒介が向いているのは“売りやすい物件”です。たとえば、この辺でも、相場より安い物件や、家を建てるのに手ごろな大きさで手ごろな価格の土地などは、レインズに登録すればすぐに反響があります。どの不動産会社でも、売るのはそんなに難しくない。
だから、複数の会社に同時に依頼する一般媒介は理にかなっています」
理沙はうなずきながらノートをとった。
宮下はページをめくり、少し表情を引き締めた。
「逆に──立地や築年数に課題がある物件、あるいは“相場より高めに売りたい”といったケースは、すぐには決まりにくい。
単に情報を市場に出しただけでは、一般の方はもちろん、客付会社からも、問い合わせがゼロということも考えられます。
こういうときは、戦略を練って販売活動を進める必要があります。そのためには、専任契約で1社に絞って任せた方が、腰を据えて取り組んでもらいやすい、というわけです」
「確かに……複数に声をかけていたら、各社が“他で決まるかもしれない”と思って、本気度が下がるかもしれませんね。
売るのが難しい物件なら、なおさら……」
理沙はそうつぶやきながら、頷いた。
「その通りです」宮下は笑みを浮かべる。
「結局のところ、一般媒介と専任、どちらが良いかは物件次第。ケースバイケースなんです」
理沙はしばし考え込み、心の中で自分の実家を思い浮かべた。
(でも……私の実家は、どっちに当たるんだろう……?)
宮下は理沙の表情を見て、にっこりと笑った。
「ただ、ひとつだけ言えるのは──“媒介契約を何にするか”よりも、“誰に任せるか”が大事だということです。会社そのものよりも、担当する営業マン次第で結果が変わる。どんな大手の不動産会社でも、実際に動くのは一人の担当者ですから」
理沙は思わずペンを止め、顔を上げた。
──次章に続く。
📘 次回予告
「高く売るには、一括査定の一番高い金額で、不動産各社に競わせるのが一番だ」──。
そう信じて疑わなかった杉山。けれど、その選択は本当に正解だったのでしょうか。
次回・第3章では、理沙の物語を一旦お休みして、杉山のケースを追います。
数字だけを追いかけた結果、彼を待っていたのは“思わぬ代償”でした。
「高額査定」の裏に隠された仕組み。知っているかどうかで、売却の行方は大きく変わります。
──どうぞご期待ください。