- 投稿日:2026/02/27
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
「働かないと社会に迷惑がかかる」
「好き嫌いを言わず、仕事は我慢してやるものだ」
そう信じて、疑問を持つことすら許されなかった人は多いのではないだろうか。
今回はホモ・ネーモ著『働かない勇気』2023年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
筆者:ホモ・ネーモ
ベーシックインカム実現と労働廃絶を絶対正義とするアンチワーク哲学を提唱する在野哲学者。1991年大阪府生まれ。
✅ 労働は必ずしも社会貢献ではない
✅ 人は本来、怠惰な存在ではない
✅ 自由こそが人間の目的である
哲人 ところで、あなたにとって「労働」とはなんですか?
青年 いきなり何を言い出すのかと思えば、またそんなわかりきったことを。今さら小学校の授業のような質問に答えるのも癪ですが、まぁ、とっくに賽は投げられていますから、とことん付き合ってやりましょう。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
「労働は本当に善なのか?」「人は働かないと怠惰になるのか?」という根源的な問いに真正面から切り込む一冊。
あなたが抱えてきた違和感に、哲学的な言葉で輪郭を与えてくれるかもしれない。
たまたま見つけたので読んでみた…本である。
曰く、ホワイトカラーの仕事は、「経済活動」ではなく「政治活動」である。
「経済活動」とは、直接人のニーズに貢献する活動や、その活動に必要な準備のことで、何かを作ったり、運んだり、メンテナンスする、人のお世話をする活動。
「政治活動」とは、自分や自分たちの都合のいいように富が分配されるように働きかけたり、富の分配を管理したりすることを意味する。
単に富の生産や移転を管理している行為で、 それ自体は何も生み出していないとのこと。
『働かない勇気』
働いてもいい。働かなくてもいい。なぜ片方は難しいのか?
ずばりお答えします。労働とは、生活の糧のため、社会のため、人間が生きていくために必要な営みです。主に金銭を得るために行い、多くの場合それは苦行であり、しかしそれでも避けられないものです。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
労働とは「他者から強制される不愉快な営み」である
さあ、さぁ、働きに行こうね。
今おっしゃっていただいたことは「新しい労働哲学」における労働の定義そのものです。「新しい労働哲学」では「他者から強制される不愉快な営み」を労働と定義しています。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
⇒ 労働は善でも悪でもなく、「自由を奪われた行為」に過ぎない。
本書は、私たちが当たり前に使っている「労働」という言葉そのものを疑うところから始まる。
一般的に労働は「生活のために必要な尊い行為」「社会を支える善行」として語られる。しかし著者は、そこにこそ最大の錯覚があると指摘する。
労働とは、行為の内容によって決まるものではない。
誰かに命じられ、断る自由がなく、やめる選択肢も与えられていない状態で行われる行為――それが労働である。
同じ作業であっても、自発的に行えば趣味や余暇になる。だが、生活のために強制された瞬間、それは労働へと変質する。
つまり問題は「何をしているか」ではなく、「自由があるかどうか」だ。
労働を美徳として称揚する社会は、この自由の剥奪を見えなくしてきた。
労働がつらいのは、人が弱いからではない。
自由を奪われた状態が、本質的に不愉快だからである。
まず前提として、自発的な行為か、強制された行為か、両者の間に明確で客観的な境界線は存在しません。それが労働であるかどうかを決定するのは、つまり愉快か不愉快かを決定するのは、常に主観なのです。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
人間は怠惰ではなく「貢献欲」を持つ存在である
出来るだけ抱え込んで生きていくのが人生さ。
人の役に立つことは喜ばしいことであると、誰もが知っています。老人に席を譲ることは気持ちがいいですよね? 友人に料理を振る舞うのは楽しいですよね? 恋人の荷物を持ってあげることは誇らしい気持ちになりますよね? それは人間が持つ貢献したいという欲望。すなわち「貢献欲」なのです。それなのに人は、自分が労働を嫌悪しているのを感じて「自分は人に貢献するのを嫌がる怠惰な人間なのだ」と考えます。しかしこれは勘違いなのです。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
⇒ 人はサボりたいのではなく、意味なく縛られたくないだけだ。
「人は放っておくと怠ける」
この前提が、長時間労働や管理社会を正当化してきた。
しかし本書は、この人間観そのものが誤っていると断言する。
人が労働を嫌うのは、誰かの役に立つことが嫌いだからではない。
意味の分からない命令に従わされ、成果を奪われ、評価されないことが嫌いなのだ。
現実には、誰かに感謝される行為や、自分の能力が役立つ場面に、人は驚くほど喜びを感じる。
ボランティア、創作活動、無償の手助けが世界中で自然発生している事実は、人間に「貢献したい」という欲求が備わっている証拠である。
それにもかかわらず、社会は人間を「怠惰な存在」と決めつけ、監視と管理で縛り続けてきた。
怠惰とは、人間の本性ではない。
自由を奪われ、意味を失ったときに現れる症状にすぎない。
あなたが自分を利己的だと思い込むのなら、どのような行為でも利己的であると言い張ることは常に可能です。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
自由こそが生命の目的であり、労働なき世界は可能である
なぜ、働かない道を資産がなくても選べないのか?そんなのおかしい!
青年 本当に可能なのでしょうか。労働なき世界が?
哲人 可能であると信じています。しかし、そのためには価値観を変え、ベーシック・インカムという仕組みが必要です。仕組みは価値観によって生み出され、価値観は仕組みによって生み出されます。今の仕組みは人は怠惰であるという価値観を生み出し、その価値観によって支えられています。なら「新しい労働哲学」が普及し、誰もが人間が怠惰ではなくさまざまな欲望を持っていることを理解し、自由が至上の価値を持っていることを受け入れたなら、労働なき世界の実現には一歩近づいたと言えるでしょう。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
⇒ 生きているとは、「選べる状態」にあることだ。
生命とは何か。
本書はその問いに対し、「自ら選び、行動し、変化を起こせる存在である」と答える。
だから自由は、幸福のための手段ではない。
自由そのものが、生きている証であり、目的なのである。
この視点に立てば、「働かないと生きていけない社会」は、生命の否定に近い。
選べない状態、やめられない状態は、生存していても生きているとは言えないからだ。
ベーシックインカムは、この構造を根本から変える制度である。
それは人を堕落させる仕組みではない。
生きるために働くしかない状況を解体し、「やるか、やらないか」を選べる自由を取り戻すための土台だ。
人は自由を与えられたとき、初めて自発的に動き出す。
労働なき世界とは、何もしない世界ではない。
強制のない、自発性に満ちた世界である。
では、私はどうすればいいのでしょうか。労働をやめるべきなのでしょうか?
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』

岸見一郎・古賀史健 著『嫌われる勇気』
明らかに影響を受けている書籍。
書き方や言い回しもほど丸パクリとまではいかないが…目立つ。
実にkindle出版らしい。
山本七平著『日本資本主義の精神』
日本人はなぜ真面目に働くのかは、ひと昔前の習慣から来ている。
近年、日本の労働時間は年々短くなっており、「働きすぎ」とは言い切れないという見方も増えている。
しかし、非正規雇用や時短勤務者の増加で、平均労働時間が下がっている面もあり、正社員や特に管理職など一部の層では依然として長時間労働が常態化しているとも。
特に勤勉な倫理観は江戸時代の思想に根ざしている。
まとめ
✅ 労働は必ずしも社会貢献ではない
✅ 人は本来、怠惰な存在ではない
✅ 自由こそが人間の目的である
哲人 そうすることは世界から労働を減らすという意味では望ましいことです。そして、あなたが好きなことに夢中になれるなら、それは無条件で称賛されるべきことです。しかし、生活の糧を稼ぐことがあなたの幸福にとって必要だったり、今の仕事が楽しかったりするのであれば、無理にやめる必要はありません。しかし、仕事をやめるという選択は、決して後ろめたいものではないのです。次世代への素晴らしい貢献なのですから。
ホモ・ネーモ著『働かない勇気』
⇒ 「働くのが当たり前」という思い込みを疑う勇気が、人生を自由にする。
つまり、経済活動が増えることは好ましいことであるのに対し、政治活動はなければないほうが良いということ。
タイトルの割には、どちらかというとあなたの気持ち次第だね。
というのはちょっと残念だった。
まぁ、「哲学」というのは他の人間の思考を正確につかむのがもっとも単純で難しい分野である。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆
