- 投稿日:2026/01/17
- 更新日:2026/01/17
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
今回は宮野公樹著『問いの立て方』2021年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:宮野公樹
1973年生まれ。京都大学学際融合教育研究推進センター准教授。国際高等研究所客員研究員。学問論、大学論(かつては金属組織学、ナノテクノロジー)。立命館大学卒業後、McMaster大学、立命館大、九州大学を経て、2011年より現職。総長学事補佐、文部科学省学術調査官の業務経験も。著書に『学問からの手紙』(小学館)などがある。
✅ 「良い問い」とは本質に迫る問いである。
✅ 違和感と内省が問いを生む。
✅ 課題解決偏重から抜け出せ。
具体的な場面や事例について多少は触れているものの、ノウハウめいた方法論や読後直ちに使える答えのようなもの、それらを書こうとした本ではありません。
宮野公樹著『問いの立て方』
「どうすれば成果を上げられるのか?」
「課題解決のために効率的な方法は?」
社会に出てから「与えられた課題には対応できるが、自ら課題を発見できない」という壁に直面する人は少なくない。
私たちは日々、答えを求めて問いを立てている。
しかし、その問い自体が本当に良い問いなのか、考えたことがあるだろうか。
本記事では、『問いの立て方』を手がかりに、「良い問い」とは何かを解説。
この本の特徴は研究者としての目線で、「良い問いを立てる力」を考えている。
先に伝えると、問題解決法よりも、問いそのものを問う書籍である。
本のタイトルが『問いの立て方』だが、方法論ではない。
「何かひっかかる」「スッキリしない」といった違和感を問いとして自覚し、問いを自らに問い続けることで「いい問い」に磨かれていく過程を、図も交えながら解説している。
『問いの立て方』
小さな変化は疑問から始まる。
ほんとうの「いい問い」を考えるにあたっては、そもそも論の果てまで考える必要があると思うのです。
宮野公樹著『問いの立て方』
良い問いとは何か
本気でほんとうに「いい問いの見つけ方を考える」なら、誰がどう考えてもそう考えるだろうという「考え」があるということです。
宮野公樹著『問いの立て方』
⇒ 表層ではなく根源を問うこと。
「良い問い」とは、単に課題を解決するための道具ではない。
「いい」は “良い”と“善い”のいずれも含むという。
物事の根源に立ち返り、「なぜそれを問うのか」に迫ることが本質的な問いである。
著者は、問いにはいくつかのレベルがあると指摘する。
単なる事実確認にとどまる問いから、前提を揺るがすような根源的な問いまで、その深さはさまざまである。
1. 事実確認レベル
内容: 現象や状況の「事実」を確認する問い。
例: 「昨日の売上はいくらだったか」「このデータは正しいか」
特徴: 単純で答えが明確。思考の深さは浅い。
2. 方法・手段レベル
内容: 目的達成のための「やり方」を問う。
例: 「売上を増やすにはどうすればよいか」「効率的な会議の進め方は?」
特徴: 答えは複数存在するが、現状の延長線上での解決策が中心。
3. 目的・価値レベル
内容: なぜそれを行うのか、価値や目的を問う。
例: 「なぜ売上を増やす必要があるのか」「会議の意味は何か」
特徴: 行動の前提や方向性に疑問を投げかける。思考の深さが増す。
4. 前提・観念レベル
内容: 自分や社会が当たり前だと思っている前提や信念を問い直す。
例: 「なぜ我々は売上を重視するのか」「成功とは何か」
特徴: 社会的・文化的背景や思考パターンに踏み込む。答えは一つではなく、抽象度が高い。
5. 根源・存在レベル
内容: 人生や存在そのものに関わる根源的な問い。
例: 「自分は何のために生きるのか」「問いを立てる意味とは何か」
特徴: 答えは一義的には存在せず、問いそのものが思考や行動を動かす力となる。
特に重要なのは「既存の枠組みを超えて新しい視点を切り開く問い」である。
良い問いとは「正解を導く問い」ではなく「多様な視点を引き出す問い」である。
著者は、問いにおいて大切なのは「正しさ」ではなく「豊かさ」だと説く。
これこそが研究や創造の原動力となり、またビジネスや日常の課題解決においても大きな価値をもたらす。

安宅和人著『イシューからはじめよ』
具体的な問いの立て方や効率性を求めるならこちら。
私たちが欲しがる具体的な手法が書かれている。
悩む問題は解決しないとしており、脳のリソースは「考える=解決への思考」に使うべきである。
世の中にある「問題かもしれない」と言われていることのほとんどは、実はビジネス・研究上で本当に取り組む必要のある問題ではない。
安宅和人著『イシューからはじめよ』
宮野公樹著『問いの立て方』は研究者よりの問いの立て方なので、成果を出すことよりも、内省に重点を置いている。
個人的には、どちらが良いというわけではなく、どちらも使い分けるのが良い。
「答えが出る・出ないということよりも、向かい続けることに価値や意味があるもの」も必ずある。
違和感が問いを生む
目の前のパズル以外の遠い場所に答えがあるかもしれない。
考えがあるから人がある、言い換えるなら、生きていることが考えること、となります。
宮野公樹著『問いの立て方』
⇒ 小さな違和感に敏感であれ。
違和感は自分の内側に眠る問いの芽である。
違和感を放置せず立ち止まることで、思考が深まり「本分に基づく問い」が立ち上がる。
「問いは答え以上に人を動かす」と強調されている。
「どうすれば売上を伸ばせるか」という問いよりも、「そもそも我々はなぜ売上を伸ばす必要があるのか」という問いの方が、組織や個人の思考を根本から揺さぶる。
「自社の利益」を求める前に、その新規事業立ち上げという行為はどのような原因、理由によって発生したのか、そしてやらんとしていることはどのような観念を前提としているのか、さらにはその時代性、歴史の産物なのか、さらにはそういう全体における我が社の存在とは何か……。
宮野公樹著『問いの立て方』
ただ、企業の目的を問うものなので、創業するときに考えるのが望ましい。
特に従業員の場合は、会社上層部と株主の私腹を肥やすためという結論に行きつくと何も良いことはない。
ただどう考えても、その答えに行きつく(事実や確信がある)なら「別の仕事はないか?」という問いから考えたほうが健全な気がする。
答えを導くための問いではなく、考え続けるための問いを持つことが、真の知的成長を促す。
(仕事は知的好奇心を満たすだけに行われていないので難しいところだが…。)
何にせよ、問いが投げかけられることで、対話が生まれ、共通の課題意識が醸成される。
特に「人それぞれ」という言葉は取り扱いが難しく、安易にこれを言い出すと建設的な議論が成り立たなくなる危険があります。
しかしながら、人それぞれと言いつつも絶対的に共通している部分は間違いなく存在し、その共通部分を対象とするからこその「本質的」であり、それこそが「いい問い」であるはずです。
宮野公樹著『問いの立て方』
何が「いい問い」となるかは置かれた状況によっては異なる。
ただ、問いが生じた理由を重ねて問い続けることで生じた本質的な問いこそが、あらゆる場面で共通する「いい問い」といえるのではないか?というのが著者の主張である。
つまり、問いは人を集め、動かし、未来をつくる力を持つのである。

大野耐一著『トヨタ生産方式』
「5回のなぜ」は具体的な考え続けるための問いを持つ手法である。
目の前の問題を1つずつ「なぜ?」と問い詰める。
5回問い続けることで、真の原因にたどり着き、再発防止策を組み込むことができる。
難しいのは再発防止策は、一時的な対応ではなく、習慣として根づかせなければならない。
すべての道具というものは、それがよい道具であればあるほど、すばらしい効果を発揮するものだが、ひとつまちがうと、逆効果をもたらすものである。
大野耐一著『トヨタ生産方式』
内省の重要性
自己を突き詰めるほど、苦しくも晴れやかな景色が見られることを信じて。
本文とは言えないまでも、本文に通じる問い、人生において自分が心から大切にしていることの実現、そのような内側から沸き起こるような問いにこそ、精神と人格は磨かれ成長します。
宮野公樹著『問いの立て方』
⇒ 問いは外から与えられない。
最も成果をあげる者は、自分自身であろうとする者だ
ピーター・ドラッカー
成功者の体験談やハウツーからは「良い問い」は学べない。
あくまで、その成功者の「良い問い」に過ぎない。
その成功者ともともと持っているカードは違うし、出自も能力も考え方も違う。
「良い問い」は、自分の内側に向き合い、自らの存在と本分を問い続けることでしか得られない。
問いを立てる際に「正しさ」よりも「豊かさ」を重視せよと説く。
問いは唯一の正解を求めるものではなく、多様な視点を引き出すためのきっかけである。
豊かな問いは議論を広げ、人と人をつなぎ、新しい可能性を生む。
つまり、問いとは「思考の入り口」であり、「対話の触媒や共創の起点」であるということだ。
暗闇の中、手探りで探し物をするような時間のかかる思考である。

池田晶子 著『14歳からの哲学 考えるための教科書』
答えよりも問いに生きる姿勢が大切。
情報は外から入るが、知識は自分で消化するもの。
思考の本質は「答えを求めること」ではなく、「問いそのものと化す」ことにあると主張する。
この考え方は「仕事や成果」よりも「楽しみや人生への問いかけ」に近い。
君は、誰にとっても正しいことを、自分ひとりで考えてゆけばいいんだ。 なぜって、それが、君が本当に生きるということだからだ。
池田晶子 著『14歳からの哲学 考えるための教科書』
課題解決偏重の罠
問いとは、自己を映す鏡である。
一般的なマーケティング感覚では、「問い」や「テーマ」は、他者や他組織との重なりを避け、オリジナリティを強調することが大事とされます。
ただ、もし大勢の人に響かせたいのであれば、そのオリジナリティあるテーマは同時に万民にも共通する何かを有する必要があります。
宮野公樹著『問いの立て方』
⇒ 解決よりも問いの質を高めよ。
現代社会は「課題解決」を正義とするが、それはしばしば本質的な問いを避ける姿勢にすぎない。
立ち止まり、問い自体を見直すことが重要である。
私たちは普段いかに「問い」を軽視しているかに気づかされる。
日常生活においても、「なぜ自分はこの選択をしているのか」
「そもそも何を目指しているのか」と問いを立て直すことで、自分の行動や意思決定がより主体的になる。
単なる効率化や正解探しではなく、自分なりの生き方を築くために必要なのは、この「問いを立てる力」なのである。
自分に問いを投げかけ直すことで、行動や意思決定はより主体的になる。
問い続けることは、単なる効率化や正解探しではなく、自分なりの生き方を築くための営みである。
問いを持つとは、すなわち生き方そのものを選び取る行為にほかならない。
悩め。その肉体も心も精神も、あなたのものだ。
他人に明け渡してはいけない。
「なぜ私はこの選択を心地よいと感じるのか?」
「この習慣は本当に自分に必要なのだろうか?」
「同じ状況でも他の人ならどう行動するだろう?」
「この事実は別の分野から見るとどう解釈されるだろう?」
「もし常識を一つ取り外すとしたら、どの前提を外すべきか?」
「答えを出さずに考え続けたら、どんな可能性が見えてくるか?」
「私たちのサービスは顧客にとってどんな物語をつくっているのか?」
「利益以外に、我々が社会に提供している価値は何か?」
「競合と比べるのではなく、まだ誰も気づいていない需要はどこにあるか?」
「私は何をしているときに最も生きている実感を得るのか?」
「成功とは自分にとってどのような状態を指すのか?」
「問いを持つこと自体にどんな意味があるのか?」
「すぐに答えが出ない問い」
「他者と共有できる問い」
「答えが一つに定まらない問い」
それが「豊かな問い」である。
1度原点に戻り、自己との対話によって問いが成り立つということだ。
確実に終着点はあるはずだが、「悩むに等しく、価値のある問い」でもある。

マルクス・アウレリウス著『自省録』
マルクス・アウレリウスはこう言っている。
「君を悩ますのは出来事ではなく、その解釈である」。
「これは自分のコントロール下にあることか?」と問いかける習慣を持つことからすべては始まる。
『自省録』は、他者に向けて書かれた公的な著作ではなく、アウレリウスが自らを省み、戒め、奮い立たせるために個人的に記した「手記」や「日記」である。
君の重荷となるのは未来でもなく、過去でもなく、つねに現在であることを。
マルクス・アウレリウス著『自省録』
まとめ
✅ 「良い問い」とは本質に迫る問いである。
✅ 違和感と内省が問いを生む。
✅ 課題解決偏重から抜け出せ。
すべてが自分にあるとは、問いもその答えもすべてすでに自己に有していることになります。
宮野公樹著『問いの立て方』
⇒ 問いを問うことこそ生きること。
ただ、汝自身を知れ。
外的理由で苦しむとすれば、私を悩ますのはそのこと自体ではなく、それに関する私自身の判断である。
その判断は私の考えひとつでたちまち消し飛ばすことができる。
もし、自分に健全だと思われる行動をとらないために苦しんでいるのだとしたら、その行動を起こさないのかを問うしかないのだ。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆
