- 投稿日:2026/01/14
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
今回は鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』(2020年発行)をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:鈴木 宏昭
青山学院大学教育人間科学部教育学科教授。博士(教育学)。1958年生まれ。東京大学大学院単位取得退学。東京工業大学助手、エジンバラ大学客員研究員などを経て、2009年より現職。認知科学が研究領域であり、特に思考、学習における創発過程の研究を行っている。日本認知科学会フェロー。人工知能学会、日本心理学会、Cognitive Science Society各会員
✅ 人間の判断は「合理的」ではない。
✅ バイアスは人の愚かさではなく「心の構造」から生まれる。
✅ 偏りを知ることが、より賢く生きる第一歩である。
人の判断や行動はよく考えるとまったく合理的でないことがよくある。
読者も「なぜあんな簡単なことに気づけなかったのか」「なぜ、こんなものを買ってしまったのか」「どうしてあの時同僚の愚かな意見に同意してしまったのだろうか」などの経験は数え切れないほどあるだろう。むろん私も例外ではない。後悔に苛まれながら毎日を送っている。また周りの人たちのおかしな、あるいは愚かな行動に出会うことも少なくない。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
「なぜ、あの時あんな判断をしてしまったのか?」
人間の意思決定や判断には、理性では説明できない「偏り」が潜んでいる。
通勤電車の“待ち時間の不運”、上司の一言への“過剰な反応”、ニュースへの“感情的な怒り”──それらの裏には、認知バイアスが隠れているのだ。
本記事では、鈴木宏昭氏の研究をもとに、人間の思考がどのように歪められ、どのようにそれを理解すべきかを探っていく。
『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
石ころに注目していれば、巨大な山の存在は意識から消える。
私は20代前半から、かれこれ40年近く認知科学の研究をしている。このくらい長く研究をやっていると、むろん数は少ないが、ひっくり返るくらいびっくりするような研究に出会う。個人の趣味によるのかもしれないが、視覚の領域(視覚科学などとも言ったりする)、記憶の領域では特に驚くような研究が多い。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
人は“見えている”と思い込む生き物である
少し難しいかもしれないが、画像の中にある4つの白い円のどれかを注視してみてほしい。
しばらくすると、4つの白い円はすべてずっと表示され続けているのに、注視していなかった残りの白い円の一部が見えなくなってしまう。
(点が灰色に見えるかも。)
実際は背景の点も動いているのでより見えなくなるのだ。
私たちの注意の容量はとても限られていることを告げている。私たちはあることに集中してしまうと、別のことに注意を向けることができなくなり、注意を向けていないところで相当に大きな変化が起きてもそれに気づくことができないのだ。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
⇒ 注意の限界が、現実をねじ曲げる。
私たちは、自分が世界を正確に見ていると信じている。
だがそれは幻想だ。
心理学の「チェンジ・ブラインドネス(変化の見落とし)」実験では、画面上に突然現れるゴリラを、半数以上の人が見逃すという。
元動画:https://www.youtube.com/watch?v=P-PP35A0vHw
実はカーテンの色が変わっていたりといくつかの派生版もある。
「アハ体験」でじわじわ画面の一部が変わるのも似ている。
なぜなら、人間の注意には明確な限界があるからだ。
意識を向けた一点に集中するほど、他の情報は切り捨てられていく。
この「注意の選択性」は、進化的には生存のために必要だった。
周囲の膨大な情報をすべて処理していたら、危険を察知する前に行動が遅れる。
しかし現代社会では、その“取捨選択”の仕組みが、思考の盲点となる。
ニュースの一部だけを信じる、上司の一言を誤解する、SNSの意見に流される。
これらはすべて「自分は見えている」という錯覚から生じる認知バイアスなのだ。
人間は事実をそのまま見ているのではなく、“見たいように見ている”にすぎない。
だからこそ、私たちは「自分の認識こそが真実だ」という確信を、常に疑う必要がある。
しかし、多すぎる情報に人が選択や意思決定できなくなるのも真実である。

シーナ・アイエンガー著『選択の科学』
選択の重みは環境や価値観によって異なり、それが幸福感や後悔に影響を与える。
割と有名かもしれないが、ジャムの試食実験では、種類が少ない方が購買率が高かった。
❶24種類のジャム試食コーナーと❷6種類のジャム試食コーナーを用意。
❶24種類コーナーには60%の客が立ち寄ったが、10分ほど迷った末、多くの人が手ぶらで帰った。
購入したのは立ち寄った試食客の3%だけ。
❷6種類のコーナーには40%の客が立ち寄り、1分で商品を選んだ。
購入したのは試食客の30%。少ない品揃えのほうが、なんと6倍も売り上げた。
人は7個以上の選択肢があると違いを認識できず、選べなくなる。
人生を計るものさしは、人によって違う。年月、重要なできごと、業績など。 だが人生は、わたしたちの行う選択によって計ることもできる。さまざまな選択が積もり積もって、わたしたちを今いるところに導き、今ある姿にしているのだ。
シーナ・アイエンガー著『選択の科学』
記憶と感情は“現実の編集者”である
同じように描いても、別の絵である。人の目も同じだ。
共感は人と人を結びつけるだいじな働きを持っていると考えられている。友人の辛い生活の話を聞いて、涙を流す、助けようとする。こうした行動には、辛い生活を送る友人が感じる気持ちを自分も感じるという心の働き=共感が存在する。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
⇒ 思い出すたびに、記憶は書き換わる。
人の記憶は、ビデオテープのように過去を忠実に保存しているわけではない。
実際には、思い出すたびに“再構成”される。
例えば、目撃証言の実験では、同じ事件を見た人々がまったく異なる記憶を語る。
これは、脳が「欠けた部分を補う」働きをしているためだ。
つまり、記憶とは“再生”ではなく“再創造”である。
そして、この記憶の再構成には“感情”が強く関与する。
楽しい記憶はより鮮やかに、悲しい記憶はぼやけていく。
自分にとって都合の良い物語に変換されていくのだ。
この現象は、個人だけでなく社会全体にも及ぶ。
歴史の解釈が立場によって異なるのは、感情と記憶が結びついているからである。
共感もまた、この構造の延長線上にある。
人の痛みを想像できる能力は尊いが、同時に“偏り”を生む。
近い人には深く共感し、遠い存在には無関心になる。
その結果、社会全体の視野は狭まり、合理的判断が感情に支配される。
つまり、共感は人を結びつける一方で、同時に“分断”も生み出す危うい力を秘めているのだ。
「道徳的観点からすれば、共感はないに越したことはない」
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
私たちは簡単に特定の人物を信じて、記号(シンボル)を消費していく。
分断も、共感も、愛憎も。
全ては同じ延長線上に存在する。
切り分けて考えれば、考えるほど、その矛盾に苦しむものである。

ハンス・ロスリング著「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」
「思い込みから解放されれば、世界の見え方は一変する」
「考えるな、感じろ」は武道や芸術の範囲に留めよう。
そうでなければ、インデックス投資もできない。
分断本能 「世界は分断されている」という思い込み ネガティブ本能 「世界がどんどん悪くなっている」という思い込み 直線本能 「世界の人口はひたすら増える」という思い込み 恐怖本能 「実は危険でないことを恐ろしい」と考えてしまう思い込み 過大視本能 「目の前の数字がいちばん重要」という思い込み パターン化本能 「ひとつの例にすべてがあてはまる」という思い込み 宿命本能 「すべてはあらかじめ決まっている」という思い込み 単純化本能 「世界はひとつの切り口で理解できる」という思い込み 犯人捜し本能 「だれかを責めれば物事は解決する」という思い込み 焦り本能 「いますぐ手を打たないと大変なことになる」という思い込み
ハンス・ロスリング著「FACTFULNESS(ファクトフルネス)」
AIでは測れない“人間の非合理な賢さ”
紙から線が飛び出るほどの間違いも真実に映る。AIならカンタンだ。
どうも人はなんでも一次元上に並べたくなるような傾向を持っていると思う。これを認知バイアスという人はあまりいないが、そういう傾向はやめたほうがよい。ああ、あと受験偏差値も忘れずに。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
⇒ 愚かさこそ、人間の知性の証である。
AIは人間を超えるスピードで情報を処理し、誤りも少ない。
しかし、そこに「意味」は存在しない。
AIは空腹も痛みも感じず、文脈の中で判断することができない。
一方、人間は感情や環境の影響を受け、しばしば非合理な判断を下す。
それでも、私たちは状況の“意味”を捉え、他者と協調し、未来を想像することができる。
ここに、AIにはない「人間的知性」が宿る。
鈴木宏昭氏は、「人は賢いからバカであり、バカだから賢い」と語る。
人間の思考は完璧を目指すほど歪み、曖昧さを許すほど柔軟になる。
バイアスとは欠陥ではなく、むしろ不確実な世界で適応するための“進化の副産物”なのだ。
私たちがすべきことは、バイアスを消そうとすることではない。
それを「理解し、付き合う」ことだ。
愚かさを恐れず、矛盾を抱えたまま思考する。
そこにこそ、人間らしい賢さが宿る。

プラトン著『ソクラテスの弁明』
AI時代にこそ「知の探求」が求められる。
ソクラテスの考えの根っ子にあるのは「自分は知らないという自覚」である。
現代では検索エンジンやAIで、過去のたいていの情報は検索できる。
ここで怖いのは、検索だけでわかったつもりになってしまうことである。
検索エンジンやAIの答えは、世の中にある玉石混交の情報に基づいている
もちろん、正しいこともある。
しかし間違っていることも多い。
インフルエンサー(影響力の大きい人)と呼ばれる人のさまざまな解説動画やブログ、SNSが真実を語っているわけではない。
参考にするのは構わないが、その事実や責任までも他人にゆだねているようではいけないのだ。
彼らは長年にわたって私を攻撃してきましたが、その中のほとんどは私の前に姿を現すことさえしませんでした。私は彼らの名前すら知りません。ただ、ある喜劇作家が私を風刺したことは知っています。しかし、他の者たちは誰一人、私と正面から議論することなく、私を悪者として仕立て上げたのです。
プラトン著『ソクラテスの弁明』
まとめ
✅ 人間の判断は「合理的」ではない。
✅ バイアスは人の愚かさではなく「心の構造」から生まれる。
✅ 偏りを知ることが、より賢く生きる第一歩である。
私たちは知覚・注意、記憶、概念、推論、そして本書で紹介したさまざまな認知バイアスなどの「認知的な道具」を進化の過程で獲得してきた。そしてさまざまな種類の認知的タスクに応じて、これらの中身を学習を通して充実させてきた。そして充実した認知的道具をさまざまに組み合わせて、事態に対処している。
鈴木宏昭著『認知バイアス―心に潜むふしぎな働き』
⇒ 「人は賢いからこそ間違える」
私たちは、完璧ではない思考のシステムの上に生きている。
注意は限られ、記憶は歪み、感情は暴走する。
しかし、それこそが“人間らしさ”の証でもある。
鈴木宏昭氏が示すのは、「バイアスをなくす」のではなく、「その存在を前提に考える」という新しい知性の形だ。
不完全さを受け入れたとき、ようやく私たちは本当の意味で賢くなれるのかもしれない。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆
