- 投稿日:2026/01/19
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
今回はNHK出版『ブッダ 最期のことば』2015年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:仏教の開祖ブッダ
出典:漫画『手塚治虫版 ブッダ』
呼び名は釈迦、釈尊(しゃくそん)、釈迦牟尼(しゃかむに)、ゴータマ・シッダッタなど多くある。
約二千五百年前にインド北部の王家に生まれ、幼い頃は王子として何不自由ない生活を送っていたが、成長するにつれて、人間は「老いと病と死」の苦しみで悶え続ける生き物であることを知り、二十九歳で新たな生き方を求めて出家する。
最初は断食などの苦行に没頭したが、いくら肉体を痛めつけても心の苦しみは消えないということに気づき、方向を転換して「心」の修行に励むようになる。
そして三十五歳の時、菩提樹(ぼだいじゅ)の下で悟りを開き、その後は各地を旅しながら多くの人々に教えを説いてまわり、八十歳の時にクシナーラーという田舎の村で亡くなる。
講師:佐々木 閑(ささき・しずか)
花園大学文学部仏教学科教授。文学博士。専門は仏教哲学、古代インド仏教学、仏教史。日本印度学仏教学会賞、鈴木学術財団特別賞受賞。著書に『出家とはなにか』(大蔵出版)、『NHK「100分de名著」ブックス ブッダ 真理のことば』、『ゴータマは、いかにしてブッダとなったのか』(NHK出版)、など。翻訳に鈴木大拙著『大乗仏教概論』(岩波書店)などがある。
本書のタイトル『ブッダ 最期のことば』はより正確にいうと、ブッダの死後に編纂された「マハーパリニッバーナ・スッタンタ(涅槃経)」の解説。
ブッダが旅に出て、最期亡くなるまでの物語となっている。
✅ ブッダは「人としての死」で、無常の真理を体現した。
✅ 悟りは他力ではなく自己努力によってのみ得られる。
✅ リーダーなき法治主義こそ、永続する組織の原理である。
「自分の力で自分の生き方を変えていこう」という自己鍛錬の重要性を説く原始仏教、すなわちブッダの教えです。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
「リーダー不在の組織は崩壊する」と言われるが、仏教の原点には「リーダーを置かない組織運営」があった。
本書『ブッダ 最期のことば』は、釈迦の臨終を描く「涅槃経」を通して、人間ブッダが残した合理的かつ実践的な教えを解説する一冊だ。
ブッダが最後に語った「怠けるな」という言葉には、人生と組織運営の核心が詰まっている。
『ブッダ 最期のことば』
今の時代ほど、穏やかであり続けるのは難しいかもしれない。
涅槃という単語の意味です。
涅槃には大きく分けて「悟りを開くこと」と、「その悟りを開いた人が死ぬこと」という二つの意味がありますが、『涅槃経』の涅槃は「死ぬ」方です。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
無常を知る者は行動を止めない──怠けぬ者だけが生をつかむ
怠けるとは、なすべきことをしないことである。
「生きることは苦しみである」と考える仏教の立場から見れば、それは永遠に苦しみが続くということを意味します。「生まれ変わっても苦しみしかない」のなら、二度と生まれ変わらないことが最上の安楽ということになります。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
⇒ 無常を知る者は、止まらず歩み続ける。
釈迦が最期に残した言葉は「世間は無常である。怠ることなく精進せよ。」だった。
この言葉は、単なる修行者への叱咤ではない。
変化こそが世界の本質であり、止まることはすなわち退化を意味する、という現実認識である。
ブッダは「永遠」も「救済」も存在しないと知っていた。
すべては移ろい、形あるものは必ず壊れる。
ゆえに、彼は希望を外の世界にではなく、行動そのものに置いた。
怠けることは、変化の波に抗って沈むことに等しい。
行動し続ける者だけが、無常の中で安らぎを見出せるのだ。
この思想は、現代の私たちにも鋭く突き刺さる。
仕事でも人生でも、「安定」を求めて立ち止まる瞬間に、変化は私たちを追い越していく。
ブッダが説いた「怠けるな」とは、焦燥でも競争でもなく、「生の不確実性を受け入れながら、静かに進み続ける勇気」である。
私たちは「怠ける」という単語は働かないことだと考えている。
だが、そうではない。全力で「休むこと」を怠けているともいえるのだ。
人生に真剣に向き合うならば、動くこと、休むこと、どちらにも意識を向けなければならない。

金谷啓之著『睡眠の起源』
「なぜ私たちは眠るのか?」という問いは誰もが一度は考えたことがあるだろう。
睡眠は人生の3分の1を占める行為でありながら、依然として謎が多い。
眠りは単なる休息ではなく、体のリズムや遺伝子に刻まれた生理的な必然でり、睡眠は「心身のメンテナンス」と「遺伝子に組み込まれた生命のリズム」の両面を担う基本的な機能である。
私たちは生きている間に、自分自身が進化することはない。 進化することなく一生を終えるのだ。
金谷啓之著『睡眠の起源』
元々自分の身体に組み込まれているシステムに反するような生活こそ「怠けている」のではないだろうか?
自分を拠り所にせよ──孤独と自己依存の哲学
周りとの協力は不可欠だが、自分を持たなければ、安定はない。
「私が説いた教えを実践してくれ。それが一番の供養になる」
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
⇒ 頼るべきは他者ではなく、自分の中の灯である。
ブッダは死の間際、弟子たちに「自灯明・法灯明(自らを灯明とし、法を灯明とせよ)」と告げた。
後継者を立てることも、権威を継承することもなく、各人の中にある理性と法(真理)を拠り所にせよと説いたのだ。
この教えには、深い哲学的意味がある。
人に依存している限り、真の自由は訪れない。
孤独を恐れずに、思索と内省を重ねる中でしか、自己は確立されない。
孤独とは、世界と断絶することではなく、自分の内側の声を聞くための空間なのである。
そして、この孤独を超えたところに、真の愛が生まれる。
三木清が「孤独は最も深い愛に根差してゐる」と述べたように、自己を確立した者だけが、他者に執着せずに思いやることができる。
孤独を経た愛は、依存や支配ではなく、尊重と自由を伴う。
ブッダの「自灯明」の思想は、現代におけるリーダーシップ論にも通じる。
他人や上司の指示ではなく、自らの理念を灯として進む人こそ、組織や社会を照らす“法灯”となるのだ。

三木清著『人生論ノート』
幸福とは、外から与えられる出来事ではなく、自らの内に築く秩序だ。
どれほど困難な状況であっても、自分の感情を理解し、理性で整えることで人は安らぎを得る。
つまり「幸福になる」のではなく、「幸福である自分を見出す」ことこそが、人生における知の営みなのである。
幸福を語ることがすでに何か不道徳なことであるかのように感じられるほど、今の世の中は不幸に充ちているのではあるまいか。
三木清著『人生論ノート』
原理がリーダーとなる──法に生きる組織と人間
「静かな自由」はどんな場所でも生み出すことができる。
本来のブッダの教えというものは、短い、断片的なものだったはずです。
当時はまだ文字に書いて記録するという文化はありませんでしたので、そういったブッダの言葉は、聞いた人の記憶の中にだけ保存されていました。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
⇒ 永続する力は、人ではなく“原則”に宿る。
ブッダ亡き後、サンガは「法と律が師である」という原則のもとで運営された。
サンガ:仏教における教団のことで、仏教の教えを信じ、実践する僧侶や在家信者の集まりを指す。サンスクリット語の「サンガ(僧伽)」は「共同体」や「仲間」、「コミュニティ」を意味する。
これは、個人のカリスマに依存しない画期的なシステムである。
元々、ブッダの時代に文字で書き記す文化は無かったため、口伝えの伝承で次の弟子、次の弟子へと教えを受け渡してきた。
次第にヤシの葉や木の皮に文字で記録され、「お経」に変化し、より長く高尚なお経は「聖典」と呼ばれるようになる。
当然、独自の解釈や脚色を加えて「教え」はつくられていくものの。
ブッダ本人の世界観や人生観をベースにして書かれてることを信じて「ブッダの教え」として信奉していく。
サンガとサンガの間には上下関係はなく、どこのサンガも出入り自由で、メンバーの移動に制限はありません。それはアメーバのようにフレキシブルな形態になっています。そのため、どこかのサンガが一つ消滅したとしても、ほかのサンガが残っていれば仏教は滅ぶことがありません。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
合議制と透明性によって、教団は2500年以上にわたり存続してきた。
この仕組みは、現代企業のガバナンスにも通じる。
リーダー不在でも崩れない組織とは、理念とルールを中心に据えた「法治リーダーシップ」を持つ組織である。
そこでは、上司ではなく“原理”が意思決定の基準となる。
そして、この「法」は宗教的な戒律だけを意味しない。
ブッダの法とは、「苦の原因は心にあり、それを観察し、執着を手放すことで自由になれる」という普遍的な心理法則である。
苦しみを外的要因に求めず、自らの心の働きを見つめる――この態度が、個人にも組織にも安定と成長をもたらす。
人の支配ではなく、原理によって動く世界。
それは、無常を受け入れ、自らを拠り所とした者が到達する「静かな自由」の境地である。

中村圭志著『教養として学んでおきたい5大宗教』
宗教という教えはあいまいで独自解釈が入りやすいものである。
別の国、別の文化、価値観の変化する時代を乗り越えてきたのは、「変化」できたからである。
いつまでも「運動中に水を飲んではいけない」というルールがまかり通っていると、離れていく人も多くなる。
宗教は「今を生きてる人間」のための制度であり、人間が進化や退化するのだから、変化できないものは淘汰されていく。
始めにそこまで考えていたのか、試行錯誤した結果生き残ったのかは、もはや誰にもわからない。
あなたが「無宗教」なのであれば、その無宗教の立場から宗教に切り込んでいけばそれでいいのです。 これはむしろ、宗教の「お勉強」に呪縛されずともよいという、自由な、解放的な状況なのではないでしょうか。
中村圭志 著『教養として学んでおきたい5大宗教』
まとめ
✅ ブッダは「人としての死」で、無常の真理を体現した。
✅ 悟りは他力ではなく自己努力によってのみ得られる。
✅ リーダーなき法治主義こそ、永続する組織の原理である。
お前たちは「もう我らの師はおられない」と考えてはならない。
私の説いた法と私の定めた律こそが、私の亡き後の師である。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
⇒ 「怠けるな」とは、“今を生きよ”というメッセージである。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆
