- 投稿日:2026/01/23
初めまして!シロマサルです。
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今回はデヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』(2020年発行)をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:デヴィッド・グレーバー
出典:Wikipedia
1961-2020年。ニューヨーク生まれ。文化人類学者・アクティヴィスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス教授。著書に『アナーキスト人類学のための断章』『資本主義後の世界のために――新しいアナーキズムの視座』『負債論――貨幣と暴力の5000 年』『官僚制のユートピア――テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則』『民主主義の非西洋起源について――「あいだ」の空間の民主主義』(すべて以文社)、『デモクラシー・プロジェクト――オキュパイ運動・直接民主主義・集合的想像力』(航思社)など。
✅ 無意味な仕事は、資本主義の「支配装置」として存在している。
✅ 人間の尊厳を取り戻すには「働かない時間」と「価値の再定義」が必要。
✅ 真の豊かさは、労働ではなく「自由な時間」から生まれる。
自分の仕事が無意味で不必要なものだと感じている人間に、だれもがしばしば出くわしているのはまちがいない。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
「自分の仕事に意味がある」と胸を張って言えるだろうか?
グレーバーは、世界の約4割の人が「自分の仕事は無意味だ」と感じているという調査結果を示す。
本書はその現実を、労働者個人の怠慢ではなく、社会構造が生み出した悲劇として解き明かす。
仕事が増えるほど人は不幸になる。
その逆説を暴いた一冊だ。
『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
資料にハンコを押すための承認をもらうためのハンコを押さないと…。
膨大な数の人間が、本当は必要ないと内心考えている業務の遂行に、その就業時間のすべてを費やしている。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
ブルシット・ジョブには5つの種類があるという。
❶おつきの人:電話が滅多に鳴らない重要人物の受付または秘書、空の部屋の見張り人。
❷ごますり:組織外の競争的敵対者に対して積極的な攻撃や防御を行う、本質的に敵対的な役割。
❸つなぎ屋:時代遅れのシステム間の手作業によるデータ転記、手書きExcel入力。
❹はんこ係:コンプライアンス形式の記入、時間割調査、規定のチェックリスト記入。
❺お目付け役:複数のレイヤーに存在する中間管理職、意味のない目標設定者。
これらの類型は、組織内で生成・維持されるが、もし明日消滅したとしても世界に何の影響も与えないと著者は語る。
つまり、「この仕事って必要?」という業務のことだ。
ひと昔前、わざわざ承認印を押すためだけに会社に戻る。
当人や会社含め、時間と手間を無駄に増やしているのではないかとふと思ってしまう。
意味のない仕事がなぜ生まれるのか──労働は“支配の道具”となった
これは命令です。契約すると言いなさい。
あたらしいテクノロジーによって、だれもが地上の一定の時間を一律の単位に切り刻み、貨幣と引き換えに売買できるようになった。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
⇒ 私たちは「働くために働かされている」
1930年、経済学者ケインズは「技術の進歩により、21世紀には週15時間労働が実現する」と予言した。
だが現代の私たちは、むしろ当時よりも多く働いている。
テクノロジーが生産性を高めたはずなのに、時間の余裕は消え、疲弊だけが増えた。
この矛盾をグレーバーは、「社会が意図的に無意味な仕事を増殖させている」ためだと喝破する。
本来、資本主義の根幹は“効率”である。
不要な仕事は淘汰されるはずだ。
だが現実には、何の生産性もない「上司の威厳を守るおつきの人」、無意味な書類を作る「はんこ係」、存在証明のためだけに報告書を量産する「ボックスティッカー」が、企業に溢れている。
これらの仕事は、なくなっても世界は何も困らない。
むしろ少しだけ良くなるかもしれない。
それでもブルシット・ジョブが消えないのは、「働かない人間」を社会が恐れているからだ。
もし人々が余暇と自由を持ち、思考する時間を得たら、既存の支配構造に疑問を抱く。
だからこそ、国家も企業も、人々が“反乱するには忙しすぎる”状態に保つ。
労働は生産のためではなく、支配の安定のために存在しているのだと語る。
グレーバーはこれを「管理的封建制」と呼び、現代社会が中世の主従関係を形を変えて再生産していると指摘する。
上司は部下を、管理職は報告を、政府は雇用統計を守るために人を働かせ続ける。
その結果、社会全体が「働くために働く」という、壮大な茶番劇に陥っているのである。
きつい仕事に対してろくに働いていないといわれた日には屈辱を感じずにはいられません。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
また、雇用構造の変化も関係している。
農業や製造業よりも「サービス業」が増えてきたことも関係している。
食料や商品、製品の製造に関わらない。
明日食べる食料も、明日使う道具の製造もしなくてよくなっている。
本当の問題は「サービス経済」という概念自体にあると語る。
経済に新規に追加されたサービス労働の大部分は実質的に同種のもの(情報関連の仕事)であると結論づけても、理に適っているようにおもわれる。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
無意味な仕事が人間を壊す──尊厳の喪失と心の空洞化
現代の『モダン・タイムス』はより悲惨である。
人間がなにもしないで対価を得ることが――たとえその雇用条件がきわめて良好であったとしても――、往々にして、いらだちをおぼえ、耐えがたいものを感じ、息苦しいような経験であるのはなぜか?
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
⇒ 意味のない労働は、静かに人を壊していく。
ブルシット・ジョブの恐ろしさは、経済的な無駄ではなく、心理的な破壊力にある。
自分の仕事が誰の役にも立っていないと感じるとき、人は“世界に影響を与える感覚”を失う。
グレーバーは「深い心理的暴力」と呼んだ。
人間は、自分の存在が何かに貢献しているという実感がなければ、尊厳を保てない。
しかし無意味な仕事に就くと、その感覚が徐々に奪われ、“やりがいのない努力”を繰り返すことで、心が摩耗していく。
その状態はうつ症状や怒り、自己否定を引き起こし、社会的孤立を深める。
グレーバーは、これは単なる退屈ではなく「生きる意義の剥奪」だと喝破する。
さらに現代社会は、労働の苦痛を“美徳”として正当化してきた。
「つらい仕事をしている自分は立派だ」「忙しいことは価値の証だ」と信じ込まされている。
この“苦痛信仰”が、無意味な仕事の温床となっている。
苦しむことでしか存在意義を感じられない人々は、ブルシット・ジョブの鎖を自ら握りしめる。
こうして社会は、働くこと自体を目的化し、「何のために働くのか」という問いを奪う。
働いているのに何も生まれず、疲弊だけが残る──この構造が、私たちの精神を静かに侵食している。
仕事の呪縛を解く──“働かなくてもいい社会”という希望
信じられないかもしれないが、ひと昔前よりは簡単に休める。
われわれは仕事をするふりをし、かれらは給料を支払うふりをする
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
⇒ 働くことをやめたとき、人間は初めて自由になる。
グレーバーは言う。
「無意味な仕事を続けるよりも、何もしない方が社会にとって有益だ」
彼の提唱する“解放”の道は、普遍的ベーシックインカム(UBI)によって労働の呪縛を断ち切ることにある。
ベーシックインカムの究極的な目的は、生活を労働から切り離すことにある。実施するあらゆる国で官僚制の規模の大幅な縮小が、すぐに効果としてもたらされるだろう。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
普遍的ベーシックインカム(UBI):働く、働かないにかかわらず、すべての国民に最低限の生活を送るための一定額を定期的に無条件で支給するという考え方。
貧困削減や経済的自立の促進を目的とするが、財源の確保や労働意欲が低下する可能性が指摘されている。
日本で正式なベーシックインカム制度は導入されていないが、コロナ禍における一律10万円給付が、ベーシックインカムに近い形である。
毎月20万円稼がないと生きていけない状態から、毎月10万円稼げばよいという状態は心理的負担が下がる。
ただし、一時的な給付の場合は多くの過程が「貯蓄」に回ってしまうのでできるだけ長期間が望ましい。
株式投資などの毎月の分配金や配当金がある人にとってはイメージがしやすいかもしれない。
毎月の通信費や光熱費のことを考えなくて良いという状態になるだけでも、テンションが上がるだろう。
つまり、人々が「生きるために働く」必要から解放されれば、本当に価値ある活動(芸術、育児、介護、地域貢献、学び)に時間を注げる。
市場が評価しない活動こそ、社会の土台を支えている。
それを「無駄」と切り捨てた結果、人類は幸福を失ったのだ。
テクノロジーの進化は、本来、人を自由にするためのものだった。
しかし現実には、私たちはメールや報告書に追われ、AIに仕事を奪われることを恐れている。
グレーバーはこの逆説を、「技術を管理の道具として使う社会が、人間を従属させている」と指摘する。
もし私たちが、仕事ではなく“人間らしい時間”を中心に社会を設計できたなら、労働は義務ではなく、選択になる。
働かなくても生きていける社会では、初めて人は「何をしたいのか」を真剣に問うようになる。
グレーバーの遺したメッセージは、単なる制度改革の提案ではない。
それは、“労働=価値”という近代の呪いから脱出するための思想的革命である。
私たちは働くことで生きるのではない。
「生きるために何をすべきか」を取り戻すために、いまこそ立ち止まるときなのだ。
・無意味な仕事は自分だけの問題ではない。
・仕事の苦痛を美徳視しない。
・社会に有益な仕事を重視して選択する。
・収入や肩書きだけでなく、その仕事が世の中にどんな貢献をもたらすか、自分がやりがいを感じられるかを重視して職業選択する。
必ずしも正解につながらないかもしれないが、自分の職場の非生産的なルールや報告慣行を見直す提案をする、業務フローを簡素化できないか上司やチームと相談する、といった行動を起こすのも重要である。

エミール・デュルケーム著『社会分業論』
「自律」とは、むしろ多様な依存先(人、知識、文化など)を持ち、それらと相互に支え合う状態のこと。
個人が多くの依存先を持つことで自律し、互いに支え合うことで社会全体の秩序や安定が維持されるという意味を持つ。
かつて、共働意識(集合意識)が果たしてきた役割を、より十分に果たすようになるのは、まさに分業なのである。
エミール・デュルケーム著『社会分業論』100分de名著版
より儲けるための「分業」ではなく、人類がより多くの時間を楽しめるような「分業」が望ましい。
カイフー・リー/チェン・チウファン著『AI 2041』
AIの頭脳は、定量的最適化やマッチング、状況ごとのカスタマイズについて非常に有利な点が多い。
このような強みを深層学習が持つことを踏まえれば、AI技術の最初の受益者がインターネット業界の大手企業だったのは当然といえる。
しかし、AIがいかに優れていても、「正しさ」を決めるのは人間である。
AIは臨界点を突破し、象牙の塔から出た。 ゆっくり進歩する時期は終わったのだ。深層学習を使ったアプリケーションとその関連AI技術は、すでに私たちの生活のあちこちに登場している。 本書が読者の目に触れる2021年後半以降には、AI世界秩序での予測は大層現実化している。 そろそろ、また新しいフロンティアに目を向けなくてはならない。
カイフー・リー/チェン・チウファン著『AI 2041』
AIが人間の労働を正しく代替できるなら、働かなくても良い時間は増えていく。
しかし、資本主義社会では不可能だ。
仮想通貨社会になると少しは変化するかもしれない。
リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー共著『NO RULES 世界一『自由』な会社、NETFLIX』
ネットフリックスは「ネットフリックスの利益を最優先する」というガイドラインを決め、社員が自分の判断でお金を自由に使えるようにしている。
1万円以上10万円以下の購入は本部長の承認が無いと買えない。
といったことがない。
シンプルながら、実に大胆な方針である。
ただし、社員を放任しているわけではない。
不適切支出を見つける2つの方法を用意している。
1.上司は、部下の全領収書を確認できる。
2.領収書の確認作業をしたくない上司は、内部監査チームに委ねることができる。
ある台湾の社員は会社の金で贅沢旅行をしていたことが監査チームにバレて即刻、解雇されている。😅
上司を喜ばせようとするな 会社にとって最善の行動をとれ
リード・ヘイスティングス、エリン・メイヤー共著の『NO RULES 世界一『自由』な会社、NETFLIX』
これもまた一つの無駄な業務を減らすヒントである。
まとめ
✅ 無意味な仕事は、資本主義の「支配装置」として存在している。
✅ 人間の尊厳を取り戻すには「働かない時間」と「価値の再定義」が必要。
✅ 真の豊かさは、労働ではなく「自由な時間」から生まれる。
「ブルシット・ジョブ」と私の呼んでいるものは、その仕事にあたる本人が、無意味であり、不必要であり、有害であると考える業務から、主要ないし完全に構成された仕事である。
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
⇒ 「働くことが目的になると、人は生きる意味を見失う」
いまあるものよりも労働の配分が非効率になるということがはたしてありうるだろうか?
デヴィッド・グレーバー著『ブルシット・ジョブ──クソどうでもいい仕事の理論』
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆

