- 投稿日:2026/02/08
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
「行きたい場所に自由に行けるのは当たり前でしょ?」
多くの人がそう思うかもしれない。
しかし本書は、その“当たり前”が人によって全く違うことを明らかにする。
今回は伊藤将人著『移動と階級』2025年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:伊藤将人(いとうまさと)
1996年生まれ。長野県出身。国際大学グローバル·コミュニケーション·センター研究員·講師。2019年長野大学環境ツーリズム学部卒業、2024年一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。戦後日本における地方移住政策史の研究で博士号を取得(社会学、一橋大学)。立命館大学衣笠総合研究機構客員研究員、武蔵野大学アントレプレナーシップ研究所客員研究員、NTT東日本地域循環型ミライ研究所客員研究員。地方移住や関係人口、観光など地域を超える人の移動に関する研究や、持続可能なまちづくりのための研究·実践に長年携わる。著書に『数字とファクトから読み解く 地方移住プロモーション』(学芸出版社)がある。
✅ 移動には想像以上の「格差」がある。
✅ 移動の自由度は階級や社会的地位を左右する。
✅ 公正な社会のためには「移動の正義」を考える必要がある。
「行きたい場所に、いつでも行けますか?」こう聞かれたとき、あなたはなんと答えるだろうか。別の問い方でもいいかもしれない。「自分の移動を自分で決めて、実行できますか?」
伊藤将人著『移動と階級』
収入が低い、高齢、障害がある、地方在住──原因はさまざまだが、移動の自由度は人生の選択肢に直結する深刻な社会問題である。
ちなみに、中世の農民はほとんどが自分の土地を持たず、領主の土地に縛られており、自分の意思で自由に村を出ることはできなかった。
彼らは「土地に縛られる」立場で、村から出るには領主の許可が必要であり、簡単に移動や転居は出来ず、一生村から出ない人もいた。
その時代から考えれば、土地を変え、会社を変え、国さえも変えられる時代になったのだ。
科学技術と通信網の発達により、”土地に縛られない価値”が上がってきたともいえる。
この記事では、“移動”という視点から、現代社会の不平等の姿をわかりやすく解説する。
『移動と階級』
古代、中世、近代、現代で歩き続ける道は明らかに違う。
私たちは一般的に1日あたり6000歩から7000歩ほど歩くと言われているが、これを積み重ねると、死ぬまでにおよそ2億歩も歩くことになる。人生をかけて途方もない距離を移動していることがわかるだろう。
伊藤将人著『移動と階級』
移動は当たり前ではない──格差が生まれる理由
大昔から言われていることがある。「良き所に住め」だ。
実は、現代社会には、「移動できる人」と「移動できない人」の間に大きな〝格差〟が存在するのだと。
伊藤将人著『移動と階級』
⇒ 移動の自由は“構造的な特権”である。
私たちは日常的に、通勤・買い物・旅行・通院など「移動」を当たり前のように行っている。
しかしその前提は、実は誰もが等しく持っている権利ではない。
災害時を例にとるとよくわかる。
例えば2005年、大型のハリケーン「カトリーナ」の際は死者1800人以上だった。
犠牲者の多くは、貧しい住民や高齢者だったと言われており、アメリカ史上最悪の自然災害として記録されている。
中流層以上は自家用車や十分な通信手段、避難先の選択肢を持つため、ハリケーンが近づいていることをすばやく察知し、危険から素早く逃れることができる。
一方、車を持たない人、情報インフラにアクセスできない人、体の自由が利かない人は、移動できないまま取り残される危険性が高い。
この差は非常時だけでなく、日常にも深く根付いている。
地方で車がないことは、通院や買い物さえ困難にする“移動困窮”の状態を意味する。
さらに近年は新車価格の高騰によって自家用車を持つハードルが上がり、所得による移動格差はより顕著になっている。
交通インフラが縮小する地域では、バスや鉄道の本数が減ることで生活の自由度が奪われる。
つまり「行きたい場所に行ける」ことは、個人の努力では埋まらない構造的な特権に依存しており、階級・地域・性別・年齢によって、その自由度は大きく異なる。
私たちの“当たり前”は普遍ではなく、むしろ不平等そのものを反映した現実である。
移動が階級をつくる──“移動資本”の正体
カフカの階段のように、物事には隔たりと段階がある。
移動は資本、すなわち「所有・蓄積し、活用する」ものでもある。
だからこそ、格差が生じる。
伊藤将人著『移動と階級』
⇒ 移動経験は蓄積し、次の移動を可能にする資本になる。
移動とは単なる行動ではなく、“資本”として蓄積される力である。
一度遠方へ行く、海外に行く、引っ越しをする。
こうした経験は、次の移動の心理的ハードルを下げ、選択肢を増やす。
初めての海外渡航では空港の手続き、現地言語、治安判断などに不安を覚えるが、経験を重ねるほどその不安は薄れ、移動そのものが「できる能力」へと変わる。
この能力の差が、結果として人生の可動性を左右する。
移動経験の多い人は、転職・進学・移住・国際的な仕事など、新しい機会にアクセスしやすい。
他方、移動経験の少ない人は、知らない土地への不安や費用面の問題によって選択肢が狭まり、機会から排除されやすい。
この差は短期的な不便にとどまらず、長期的には“階級の差”として固定化していく。
また、移動は個人だけの問題ではない。
情報、モノ、お金、文化といった社会的要素も移動するため、それらの流れに乗れるかどうかで人の社会的立場は変わる。
移動できる人はネットワークを拡張し、新しい社会関係を築けるが、移動できない人はその波に取り残される。
人は誰しも、ケガや病気、心身の障害、経済的な挫折、結婚や離婚などの個人的な事情や外部状況の変化によって、移動資本の一部を失う可能性がある。
移動の自由度の差が、人生の格差そのものを生み出すと言っても過言ではない。
移動資本は「ある」もしくは「ない」、「持っている」もしくは「持っていない」、と二項対立的に捉えられるものでもない。移動資本は〝グラデーション〟であり、中長期的にみれば、ある個人の中で増える可能性も、減る可能性もある。
伊藤将人著『移動と階級』
移動できない人をどう扱うか──“移動の正義”という視点
これからの正義について語ろう。
簡単に言えば、移動とそれをめぐる社会構造や制度、政策が公正かどうかを問うための見方である。それはグローバルな視点、マクロな視点、ミクロな現象の関連性に重きを置く考え方であり、新自由主義的な体制が定着するなかで生じる人種差別的な移動管理や安全保障の維持拡大を捉える見方でもある。
伊藤将人著『移動と階級』
⇒ 社会の仕組みが公平でなければ移動格差は縮まらない。
移動格差を解消するには、個人の努力だけでは不可能である。
なぜなら、移動の自由は社会構造や政策によって大きく規定されているからだ。
これを考える際に重要なのが「モビリティ・ジャスティス(移動の正義)」という概念である。
モビリティ・ジャスティスとは、権力と不平等が、移動をめぐる統治や制限にどのように影響し、人、資源、情報などの循環における不平等なモビリティとインモビリティのパターンを形成するのかを考えるための包括的な概念である。
伊藤将人著『移動と階級』
交通インフラの撤退、地方道路の老朽化、公共交通の減便、都市のジェントリフィケーション、移民に対する移動制限は、特定の属性を持つ人々に移動の不利を押しつける構造的問題である。
災害時の二次避難の困難さ、障害者が住み慣れた地域を離れられない現実、高齢者が免許返納を迫られた際に生活の自由を大きく失う問題も同じである。
本来あるべき姿は「誰もが自分の意思で移動し、また移動しないことも選べる」社会である。
そのためには、弱者を前提にした交通政策、都市計画、地域設計が必要となる。
移動の公正さを問い直すことは、単なる交通の議論ではなく、人々の尊厳や生活の可能性を守るための根本的な社会問いでもある。
移動格差を放置すれば、社会の分断はさらに深まり、不平等は固定化される。
だからこそ、「移動の正義」はこれからの社会に不可欠な視点なのだ。
不正義や不公正を考えるうえで”移動できる”ことも資産である。

NHKスペシャル取材班『中流危機』
中流が少なくなることは、インフラや税収にも大きく影響する。
デフレ不況下においては、全社員の給料を一律引き上げるベースアップは長らく行われることはなくなってしまった。
【中間層の賃金減少】→【消費減】→【価格引き下げ】→【利益減】→【投資減】→【イノベーション難】→【賃金のさらなる減少】という負のスパイラルが継続してきた。
かつて「一億総中流社会」と言われた日本。戦後、日本の経済成長を支えたのは、企業で猛烈に働き、消費意欲も旺盛な中間層の人たちだった。しかし、バブル崩壊から30年が経ったいま、その形は大きく崩れている。
NHKスペシャル取材班『中流危機』
上村理絵 著『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方』
「健全な精神は健全な肉体に宿る」し「肉体が精神を凌駕する」
お金が無限にあっても、使えること。
いきたいときに、自分でいきたいところに移動できること
食べたいときに、人の助けを借りずに食べられる。
多少時間がかかっても、必要なものを自分で手に取れることは非常に重要だ。
「娘や息子などの都合に合わせないと、買い物にいけない」
これこそ、自己肯定感を邪魔する本質と言えるだろう。
「肉体的な老化」が「精神的な老化」を進ませ、「自信の枯渇」を生み出す1つの要因だと説明しました。 つまり、自分の思い通りに動けなくなったのがきっかけで自信が減っていき、その影響で自己肯定感が低くなったのなら、自分の思い通りに動けるようになれば、人としての自信をもう一度取り戻せます。
上村理絵 著『こうして、人は老いていく 衰えていく体との上手なつきあい方』
エミール・デュルケーム著『社会分業論』
農耕社会が広まっていた時代は村単位での共同体であり、収穫や栽培には人手がいる世界であった。
狭いコミュニティの中での「分業」は必要な仕組み(機械的連帯)だった。
村と村単位ではなく、都市で「分業」となると、話は少しずつ変わっていく。
いくら自由や自立が望ましい生き方だといっても、社会に根を下ろしていなければ、現実を生きる力はもちえないと訴えます。
エミール・デュルケーム著『社会分業論』100分de名著版
まとめ
✅ 移動には想像以上の「格差」がある。
✅ 移動の自由度は階級や社会的地位を左右する。
✅ 公正な社会のためには「移動の正義」を考える必要がある。
移民難民の受け入れや共生、オーバーツーリズム、インフラの老朽化、交通機関の撤退、物流業界の人手不足、情報の移動のさらなる増加、地方の人手不足や人口減少と移住・関係人口など、これからも移動が21世紀の中心的なイシューであり続けることは間違いない。だからこそ、私たちはこれからも移動をめぐる格差や不平等と向き合い、考え続けていく必要があるのである。
伊藤将人著『移動と階級』
⇒ 移動の自由は“当たり前ではなく資本である”。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆

