- 投稿日:2026/02/01
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
今回はナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』2019年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。
著者:ナシーム・ニコラス・タレブ
出典:Amazonのプロフィールより
文筆家、トレーダー、大学教授および研究者という三つの顔を持つ、現代の急進的な哲学者。レバノンでギリシア正教の一家に生まれ、ウォートン・スクールでMBAを、パリ大学で博士号を取得。現在、ニューヨーク大学タンドン・スクール・オブ・エンジニアリングでリスク工学の教授を務める。
他の書籍
✅ リスクと責任は対称であるべき。
✅ 経験からしか真の知恵は得られない。
✅ 「身銭を切る」ことが、公正と生存の条件である。
「自分がしてほしいことを他者にもせよ」
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
「責任を負わない意思決定者に振り回されていないか?」
「机上の理論ばかりで現実が見えていない人が上に立っていないか?」
タレブの『身銭を切れ』は、こうした違和感に答えてくれる。
リスクを背負い、責任を取ることの意味を通して、現代社会の構造的な歪みを暴き出す一冊だ。
多少難解な部分があるが、読み物としても面白い。
ひと言でいうなら、身銭を切らずして得るものなし。
『身銭を切れ―「リスクを生きる」人だけが知っている人生の本質』
これは安全な橋だよ!僕が作ったんだから!(ミシッ…)
身銭を切らないかぎり、進化は起こりえない。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
身銭を切るとは何か――行動と責任の対称性
君の言う方法で崖から降りれるとは思えないけどなぁ…。
大丈夫!(僕は降りないけどね…。)
金融トレーダーの場合と同じで、リスクを隠すのに打ってつけの場所は”隅っこのほう”だからだ。建築家は(またはトレーダー)自身にしかわからないような稀な事象に対する弱点を隅っこのほうに隠す。
そうして、いざ崩壊が起きたときには、本人がとっくにいなくなっているというわけだ。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
⇒ 行動と責任を一致させる原則。
「身銭を切る」とは、単にお金を出すことではない。
それは、自らの意思決定に対して責任を負い、リスクを自分の身体と生活で引き受けるという生き方である。
タレブはこれを「仁義」と表現し、人間社会における最も基本的な公正の原則だと説く。
現代社会では、責任と報酬が切り離される構造が蔓延している。
自分の意見に従ってリスクを冒さない人間は、何の価値もない。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
政治家や経済学者は自らの政策に失敗しても生活を脅かされることはなく、官僚はリスクを現場や会計責任者に押し付ける。
金融業界においても同じだ。
ファンドマネージャーやアナリストは利益が出ればボーナスを受け取り、損失が出れば投資家や納税者に負担を押しつける。
ポンジ・スキームもみんなに出資してもらう不動産投資もリスクを背負うのは本人ではない。
スマホゲームのガチャガチャにおいても、メーカー側は殆ど元手がかかってない。(もちろん、開発費はかかっている)
NRのキャラもSSRのキャラや武器も、設定している数値が違うだけで労力は変わらない。単に排出率が低いだけで不当につり上げられているといっても良い。
この「非対称性」こそが、タレブが断罪する最大の病理である。
真に信頼できる人間とは、リスクを共有する人間である。
世の中には2種類の格差があるという。
①許容できる格差
(社会に大きな利益をもたらす偉人や英雄)
②許容できない格差
(自分と変わらない人間なのに、システムを操り不当な特権を得る者)
世間や場の雰囲気がギクシャクし始めるのは許容できない格差から生まれる。
橋を設計した技師が完成後に最初にその橋を渡るように、決定者が自らの判断の被害者となり得る立場に立つことで初めて、他者に対して誠実でいられる。
ハンムラビ法典のもっとも有名な条文といえば、次のようなものだ。
「建設者の建てた家が崩壊し、家の所有者が死んだ場合には、その建築者を死刑に処す」
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
物騒ではあるが、「目には目を」という身銭を切るという原理を重視した最古の法典である。
身銭を切ることは「公正さ」を担保する仕組みであり、倫理や道徳の根幹を成す行為なのだ。
そして、それ以上は追求しない線引きでもある。

ジェフリー・エンゲルステーン/アイザック・シェレブ著
『ゲームメカニクス大全 ボードゲームに学ぶ「おもしろさ」の仕掛け』
本書の洞察とアイデアは、ゲーム外にも応用できる。 議論で2つの立場がはっきり対立しているとき、どのように解決できるか? 複数の候補者がいる選挙で、当選者をどのように決定するべきか? どのような経済的インセンティブがあれば富の分配が一番うまくできるか? すべての人に公平性を保証する正しい方法は何か? これらは現代社会のジレンマであり、ゲームデザイナーが日常的に取り組む問題でもある。
ジェフリー・エンゲルステーン/アイザック・シェレブ著『ゲームメカニクス大全 ボードゲームに学ぶ「おもしろさ」の仕掛け』
私たちは皆、「自分が得する」方向を考える。
決して悪いことではない。
だからこそ、ユーモアのあるアプローチが必要だ。
近藤弥生子著『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』
彼女もまたユーモアを大事にしている。
「fast(速さ)」「fair(公平さ)」「fun(楽しさ)」
そして、「EQ(心の知能指数)」を大切にしている。
すでにデジタル担当相から退任しているが、今日も多様で異なる文化や価値観を持った人々が集まり協力してこそ、民主主義は前進すると強調している。
オードリーの突出した能力は多々あれど、彼女は、自分が最も得意とするのは「共同作業」と「協業」だと言う。
近藤弥生子著『オードリー・タンの思考 IQよりも大切なこと』
経験知の重み――失敗と傷跡からしか学べない
生まれた苦しみは生まれた者しかわからない。
人間は昔から愚かだったが、世界を破滅させるほどの力は持っていなかった。
今は持っている。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
⇒ 失敗から学ぶ痛みこそが知恵を形作る。
タレブは「真の知恵は、理論や机上の計算からではなく、痛みと経験からしか生まれない」と強調する。
ここで彼が例に挙げるのがギリシャ神話のアンタイオスだ。
(海神ポセイドーンまたは大地ガイアの息子で、好戦的な巨人)
アンタイオスは大地に触れることで力を得る巨人であり、空中に持ち上げられた瞬間に無力化された。
人間も同様で、現実の大地――すなわち実際の経験――から離れた瞬間に無力になる。
知識は地に足の着いたものでなければならない
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
現代は「専門家」の言葉があふれているが、その多くは自らリスクを負わない評論家にすぎない。
教室や論文の中では整合性の取れた理屈も、実社会の複雑さの前では無力化する。
市場参加者の平均的な行動を見て、市場全体の行動を理解することはできない。(中略)個人に関する心理的実験で”バイアス”が証明されたからといって、そのまま個人の集合体や全体の行動、集団の振る舞いについて理解することはできない。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
では、どうすれば実社会との接触を保つのか?
それが「身銭を切る」ことである。
実際に血を流し、失敗を経験した者の知識こそが、真に価値を持つ。
実社会に対してリスクを背負い、良い結果と悪い結果を両方受け容れる。
この「実践知」の重みは、職人や起業家の世界に色濃く表れている。
大工は失敗した木材から学び、投資家は損失から市場の残酷さを学ぶ。
痛みを伴わない知識は消費財でしかなく、実際の選択や生存を導く羅針盤にはなり得ない。
だからこそ「身銭を切る」ことは、学びと成長の前提条件なのだ。
ただし、一度に10万円単位を賭ける必要はない。
それはパソコンや設備投資の世界だ。
1万円以内でも十分に良いものはある。
抵抗感があるなら5000円、3000円と額を減らせばよい。
そして、「数百円でも良かった(ダメだった)」と経験していくのだ。

柳井正著『一勝九敗』
現場にこそ改善のヒントが詰まっている。
そして、その情報をもとに「自分で判断し、素早く動く」力が成果を左右する。
成功するということは、保守的になるということだ。 今のままでいいと思うようになってしまう。
柳井正著『一勝九敗』
生存戦略としてのリスク――破滅だけは避けよ
荷車が壊れても、別の荷車があれば何も問題はない。
何よりも生存が第一。真実、理解、科学は二の次。
言い換えるなら、生き残るのに科学は必要ない。
しかし、科学を行うには生き残ることが不可欠だ。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
⇒ 破滅とは再起不能になること
タレブは「リスクを避けろ」とは言わない。
むしろ「リスクを愛せ」と語る。
ただし、そのリスクは常に「再起可能」でなければならない。
最悪の場合に破滅するような賭けは絶対に避けなければならないのだ。
これは投資やビジネスに限らず、人生全般に通じる戦略である。
例えば、投資家はすべての資産を一つの銘柄に賭けるべきではない。
企業家も、倒産して二度と立ち上がれないリスクを負うのではなく、小さな実験を重ねて学ぶべきである。
まずは生きよ、哲学はそれから
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
生存さえ続ければ、未来に挑戦し続ける機会は残る。
タレブが繰り返し述べるのは「非破滅性」の重要性だ。
人間の歴史や進化は、失敗を重ねながらも絶滅を回避したものだけが存続してきたプロセスである。
つまり、失敗は歓迎されるが、破滅は絶対に避けねばならない。
したがって「身銭を切る」とは、単なる勇気の行為ではない。
無謀と挑戦を区別し、再起可能なリスクを取るという戦略的な行動でもある。
リスクを引き受け、痛みを味わい、そこから学びつつ、破滅を避けて次につなげる。
これこそが、人間社会を前進させる唯一の方法である。
あなたがよほどのナルシシストかサイコパスでもないかぎり、(いや、たとえそうだとしても)、あなたにとって最悪の出来事は、あなた自身の死ではない。
したがって、個人の破滅は集団の破滅ほど重大ではない。
そしてもちろん、生態系の死、つまり不可逆な環境破壊は、憂慮すべき重大な問題だ。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
まとめ
✅ リスクと責任は対称であるべき。
✅ 経験からしか真の知恵は得られない。
✅ 「身銭を切る」ことが、公正と生存の条件である。
真の格差とは確率の格差である。
ナシーム・ニコラス・タレブ著『身銭を切れ』
⇒ リスクを引き受ける者こそ真の自由を得る。
⇒ そして、引き受けるに値するリスクを自ら選んでいる。
真の成功者はほとんどすべてのことにノーという。
それが並の成功者と真の成功者との違いだ。
ウォーレン・バフェット
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!😆
