- 投稿日:2026/02/24
初めまして!シロマサルです。
知ることで、人生はもっと楽しくなる!
「命の危険も飢えもないのになぜか毎日が辛い」
「SNSで他人のキラキラした生活を見るたびに落ち込んでしまう」
現代人が抱えるこの「不幸感」の正体は、実は私たちの遺伝子に刻まれた生存戦略の「バグ」かもしれない。
小林武彦:日本の生物学者。東京大学定量生命科学研究所教授、日本学術会議会員。元日本遺伝学会会長。元日本分子生物学会副理事長。
生命の連続性や「死」のメカニズムを生物学的視点から研究。著書に『生物はなぜ死ぬのか』などがある。
私たちは心理学といった観点から「幸せ」をよく語られるが、「生物学から考えた幸せの問い」はなかなかないと思う。
今回は、生物学の視点からヒトだけが幸福を感じにくい理由を解き明かし、SNS時代の沼から抜け出すための処方箋について解説する。
この記事で言いたいこと
✅ 生物共通の幸せは「死なない状態の距離を保つこと」だが、ヒトは精神的満足を求めすぎる。
✅ 他者と比較し向上を目指す「ベター思考(志向)」は進化の産物だが、SNSがその比較対象を無限に広げた。
✅ 短期的な快楽(ドーパミン)中毒を避け、長期的な夢とリアルな人間関係に活路を見出せ。
1. 満たされているはずの私たちが、なぜこれほどまでに「不幸」なのか
現代社会、特に1990年代後半から2010年頃に生まれた「Z世代」は、人類史上最も安全で、物質的に満たされた環境に身を置いている。
(とりあえず…この記事内ではそうする。)
飢餓の恐怖はなく、指先一つで世界中の娯楽を享受できる。
しかし、皮肉にもこの世代を覆っているのは、底知れない「生きづらさ」と「虚無感」だ。
「何のために生きているのかわからない」
「理想の自分が見つからない」
こうした空虚な問いに苛まれるのは、彼らが贅沢だからではない。
生物学者の小林氏の視点に立てば、この違和感の正体は、生物としての本能と現代社会の仕組みが引き起こした「深刻なミスマッチ」であることが見えてくる。
私たちが今抱えている不幸は、個人の能力不足ではなく、進化の過程で手に入れた生存戦略が現代において「バグ」として作動している結果なのだ。
2. 【衝撃】そもそも「生きる目的」なんて存在しない
多くの若者が「人生の目的」を見つけられないことに焦燥感を抱いている。
だが、生物学的な真実は冷徹だ。
人間は、何らかの意図を持って設計された存在ではなく、無数の偶然が重なって生まれた「産物」に過ぎない。
「生きる目的」や「幸せ」という甘美な言葉は、本来そこにあるはずのない「生の空白」に耐えるために、かつての賢者たちが後付けで発明した概念なのだ。
小林氏は、この真理を次のように語る。
「生まれたことに関してはその目的も含めてもう何にもない。何にもない。何にもない。でもそれだとさ、それってなんか虚しくない?それで昔の偉い人がですね、賢い人が幸せっていう言葉を考えたんですよ。」
私たちは幸せになるために生まれたのではない。
ただ生まれてしまったからこそ、その耐え難い虚無を埋めるために「幸せ」という標語を掲げたのである。
しかし、この事実は絶望ではなく「解放」を意味する。
最初から目的が空席なのであれば、私たちは自らの人生を自由に彩っていいという、究極の主体性を手に入れたことになるからだ。
3. 生物学的な「幸せ」の定義は、たった一つの指標で決まる
生物学において、幸福とは極めて単純な指標で測定される。
それは「死の距離が保たれている状態」である。
池を泳ぐミドリムシから最高知能を持つ人間に至るまで、生命体に共通する幸福の最大公約数は「今日、食べること」そして「今日、食べられない(殺されない)こと」だ。
この物理的な生存確率が最大化されている状態こそが、生物にとっての根源的な幸福である。
現代人は、肉体的には歴史上もっとも死から遠ざかっている。
しかし、人間特有の「理性」がこの本能を凌駕し始めたことで、奇妙なパラドックスが生じた。
肉体は安全でも、精神的な苦痛や将来への不安が「生物学的なアラート」として作動し、脳はミドリムシが天敵に襲われた時と同じレベルの危機感を抱いてしまう。
精神的な死に直面したとき、主観的な「死の距離」は一気にゼロへと近づく。
肉体的な死を克服したはずの現代人が「死ぬほど辛い」と叫ぶのは、この精神的な生存脅威が原因である。
4. 私たちを追い詰める「ベター思考(志向)」という呪い
人間がこれほどの繁栄を築けた背景には、常に「より良く、より効率的に」を追求する「ベター思考(正確には志向)」という遺伝的な特性がある。
かつて、この特性は過酷な自然界で生き残るための強力な武器だった。
しかし、生存の危機が去った現代において、この武器は持ち主を切り刻む刃へと変貌している。
ベター思考(志向)がもたらした功罪を整理すると、以下のようになる。
ポジティブな側面(進化と生存の源泉)
より栄養価の高い食料を確保し、飢餓を回避する。
より安全な住居や高度な道具を開発し、環境適応能力を高める。
自己を成長させることで、集団内での生存価値を証明する。
現代のネガティブな側面(精神的な不幸の根源)
現状がどれほど豊かであっても満足できず、永遠の焦燥感に囚われる。
「もっと上がある」という幻想に追い立てられ、自己否定に陥る。
生存の手段であったはずの「効率」や「成長」が自己目的化し、休息を奪う。
5. SNSが引き起こした「比較のバグ」:100人から7億人へ
人間にとって「他者との比較」は、かつて集団から排除される(=死)を防ぐための、極めて重要な生存戦略だった。
周囲の仲間と自分を比べ、役割を果たすことは、数十人から百人程度のコミュニティ内での「健全なゲーム」として機能していた。
しかし、SNSはこの比較の土俵を全世界の「70億人(全人口)」、あるいはそこに存在する「極端な成功者」にまで広げてしまった。
かつては「勉強は苦手だが、村一番の力持ち」といった身近な尺度で自尊心を保てた。
だが今や、スマホを開けば容姿、富、才能のすべてにおいて世界トップレベルの輝きを放つ「極端な例」が絶え間なく流れ込んでくる。
(しかも結構嘘つきが多いのに、証明もファクトチェックもする余裕はない。)
この異常な比較環境は、私たちの脳に深刻な「バグ」を引き起こし、絶え間ない敗北感を与え続ける。
さらに、SNS上の「いいね」はあくまで「疑似承認」である。
物理的な危機の際に食事を運び、手を差し伸べてくれる「リアルな助け合い(死の距離を遠ざける実質的な支援)」とは本質的に異なる。
SNSは「遠い人を近づけ、近い人を遠ざける」装置となり、真の意味で私たちの生存を支えるリアルな絆を希薄にしている。
6. 快楽の中毒から抜け出し、「遠くの夢」でドーパミンを制御する
現代の不幸を加速させているのが、SNSやスマホによる過剰な「快楽」の供給だ。
容易に手に入る刺激は、脳内の報酬系を刺激しドーパミンを放出させる。
しかし、この「ショートタームの快楽」を繰り返すと、脳はドーパミン中毒に陥り、かえって生きる活力を失っていく。
この中毒状態を脱し、精神的な幸福を取り戻す唯一の方法は、快楽を「遠くの希望(夢)」に置き換えることだ。
快楽(ドーパミンの過剰放出): 即時的な通知、ジャンクフード、顔の見えない承認。
夢(報酬系の正常な制御): 達成に努力を要する目標、理想の生き方、長期的なプロジェクト。
「少し遠い夢」を持ち、それに向かって歩む過程で適切に報酬系を機能させる。
このプロセスこそが精神的な「活力」を生み出す。
活力がある状態とは、生物学的に「死の距離」を自力で押し広げている状態と同義であり、それが結果として深い充足感に繋がるのである。
単純な話、画面上の支持者や友人や人々は君がピンチになってもすぐに助けには来れない。
本当のピンチのときほど、「現実」は見えてくるものだ。
悩むのは「正常」である。リアルな手触りを取り戻すために
Z世代が「何者かになりたい」と悩み、理想の自分を追い求めるのは、決して異常なことではない。
それは理性が本能を制御し始めた、人間としての正常な成長プロセスなのだ。
大切なのは、その悩みの解決策をデジタルな「疑似体験」の中に求めないことである。
SNS上の「疑似承認」は一時の快楽は与えてくれるが、物理的な危機からあなたを救うことはない。
本当にあなたの「死の距離」を遠ざけてくれるのは、目の前のリアルな人間関係であり、汗をかくような直接的な経験である。
もし今、あなたが拭いきれない不安に襲われているなら、思い切って環境を変えることを勧めたい。

小林氏が指摘するように、比較の激しい大都市(東京や大阪など)を離れ、自分の本能が息を吹き返せる場所へ身を置くことも、一つの生物学的な解決策だ。
今日一日、スマホの画面を閉じ、指先でスクロールする「70億人の虚像」との対峙をやめてみてはどうだろうか。
✅ 生物共通の幸せは「死なない状態の距離を保つこと」だが、ヒトは精神的満足を求めすぎる。
✅ 他者と比較し向上を目指す「ベター思考(志向)」は進化の産物だが、SNSがその比較対象を無限に広げた。
✅ 短期的な快楽(ドーパミン)中毒を避け、長期的な夢とリアルな人間関係に活路を見出せ。
⇒ 生きる目的などなくていい。
ただ死なないように、面白おかしく「リアル」を生きよ。
あなたの「生存」を物理的に支えてくれる、確かな手触りのある世界に目を向けること。
私たちが忘れていた生物としての真の幸福が眠っている。
知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。
是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!
見ていただきありがとうございました!

生きるときには様々な視点が必要だ。
落ち込む時があっていい。
様々な視点を持つことで、「意外となんとかなる」ことを知ろう。
参考資料
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』
アフリカでほそぼそと暮らしていたホモ・サピエンスが、食物連鎖の頂点に立ち、文明を築いたのはなぜか。 その答えを解く鍵は「虚構」にある。
ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』
やなせたかし著『新装版 わたしが正義について語るなら』
そうだ うれしいんだ
生きる よろこび
たとえ 胸の傷がいたんでも
なんのために 生まれて
なにをして 生きるのか
こたえられないなんてそんなのは いやだ!
金谷啓之著『睡眠の起源』
ぶっちゃけ、私たちは起きている方が普通じゃないとしたら?
起きている姿と眠っている姿──どちらも私たちの生きる姿である。はたして、〝本来の姿〟はどちらだろうか。
金谷啓之著『睡眠の起源』
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
紀元前から一部の人は解っていた。
周りとの協力は不可欠だが、自分を持たなければ、安定はないと。
「自分の力で自分の生き方を変えていこう」という自己鍛錬の重要性を説く原始仏教、すなわちブッダの教えです。
NHK出版『ブッダ 最期のことば』
人類史、宗教、生物学、心理学、個人の思想どの見方から見ても良いし、全てを頭の中に住まわせても良い。
楽しく生きようぜ。