• 投稿日:2025/03/01
  • 更新日:2025/10/01
ジョン・P・コッター著『幸之助論』:逆境を力に変える松下幸之助のリーダーシップ

ジョン・P・コッター著『幸之助論』:逆境を力に変える松下幸之助のリーダーシップ

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シロマサル@本の要約:ほぼ土曜日週1投稿

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要約
松下幸之助の人生とリーダーシップを分析した一冊。特別な才能はなく、病弱で逆境続きだった幸之助が、学び続ける姿勢によって強いリーダーに成長していく様子を描いている。社員への信頼、顧客志向の徹底、時代を先取りする経営戦略等、成功の裏にある実践的な知恵が詰まった本書は、現代にも通じる。

初めまして!シロマサルです。

知ることで、人生はもっと楽しくなる!

今回はジョン・P・コッター 著『幸之助論』2008年発行をつまみ食いします。まさに超、超、要約。おもしろいので興味があれば読んでみましょう。


著者:ジョン・P・コッターJohn_Kotter.JPG出典:Wikipedia

ハーバード・ビジネススクール松下幸之助記念講座名誉教授。リーダーシップ論を担当。1981年、当時としては史上最年少の34歳でハーバード大学の正教授に就任。

本書で描かれるのは、日本人ならだれもが知る経営者、松下幸之助である。

ジョン・P・コッター 著『幸之助論』


00000.png✅ 学び続ける姿勢がリーダーを育てる。

✅ 逆境は成長のチャンスである。

✅ 謙虚さと素直さが成長の鍵。


松下幸之助の書籍はこちら

288.png松下幸之助 著『道をひらく』

人生への深い洞察をもとに綴った短編随筆集。

伝記を踏まえて読んでみると理解が深まる。


本書は松下電器(現パナソニック)創業者・松下幸之助の伝記。

著者はリーダーシップ論の世界的な権威・コッター教授が書いている。

日本人が書く幸之助の伝記とは、ひと味違う。

松下幸之助に心酔しつつ、西洋文化から見た異端さが特徴的である。


松下幸之助の物語は、単なる事業の物語の枠を超えていた。
それは途方もない逆境との闘いの生涯であり、幼少期の精神的外傷(トラウマ)から強さを引き出した生涯だった。
それは偉大な事業達成にまつわる精神的な基盤についての物語である。
それはまた、長じてからも人間はすばらしい成長ができるという物語である。

ジョン・P・コッター 著『幸之助論』


コッター教授自身が「経営者個人を、リーダーシップの観点で分析した伝記を書きたい」と考え、7年間かけて書き上げた作品である。

参考外部サイト:公式 パナソニックの社史


大きな成功を収めた人の人生には、ある共通点がある。
いずれも苦労を重ね、それを成長の足がかりにしているということである。
幸之助の場合もこの例に漏れない。

ジョン・P・コッター 著『幸之助論』

本書は、謙虚で素直な心があれば人はどんな年齢でも、どんな経験からも学べるということを、私たちに教えてくれる。


幼少期から始まる逆境の連続

07b8fcf2-8cda-4b88-9ef5-42d2c4bd7eec.png病弱で凡人だった幼少期🌱

1894年、松下幸之助は両親と8人兄弟の10人家族の下に生まれた。

裕福な家に生まれるも、4歳の時、父が米の先物取引で失敗。💸


しかも、9歳で大阪へ丁稚奉公に出される。

自転車店で「1日16時間労働、休日なし」という日々を過ごす。🚲⏳


小学校の成績は100人中45番目と平凡。病弱でよく寝込んでいた。🤒🛏️

人前で話すのは得意でなく、アイデアがスピーディにひらめくこともなく、華やかさもなかった。🤔🌀

0.png⇒ 幼少期、幸之助は、原価・客商売・商取引の基本を徹底的に学んだ。

⇒ ある人生の転機が訪れる。


独立と困難の始まり🌟

5e4171e2-b886-4ea3-b5d2-e63bb18b5f93.png15歳になった幸之助は、当時普及を始めた電気に将来性を感じ、大阪電燈(現関西電力)に技師として勤め始めた。💡🔧

しかし、健康状態も悪化。

血痰を吐き、結核の初期症状が出ていた。💔🩺00.png結核(けっかく):結核菌という細菌によって引き起こされる感染症

明治以降の産業革命による人口集中に伴い、結核は日本国内にまん延し、「国民病」とまで言われていた。

現代は生活水準の向上などにより、結核による死亡者・死亡率は激減した。


両親や兄姉は亡くなり10人家族のうち残ったのは3人。

「自分も死ぬかもしれない」という恐れに悩まされていた。


そんな中で新しい電灯ソケットを考案して上司に提案したが、却下されてしまう。💡❌

「いっそのこと、会社を辞めてつくる!」と判断すると、不思議と体調が回復していった。🏃‍♂️🌟


独立した彼には、給料5カ月分の貯金100円4人の仲間(妻、妻の弟、友人2人)しかなかった。

そんな状況で幸之助は自宅の長屋の一部を工場(小型プレス機2台)にして独立した。


資金不足による質屋通いでお金を工面する生活が続いた。💸🔄

取引先から「扇風機の部品を1000個、急いでつくってほしい」と頼まれ、1日18時間労働で1カ月間休みなく働いた。🌀⏰


これで手に入れた収入(160円)を元手に以下の方針を確立していく。

競合製品をの改良

市価よりも安く売り出す。

徹底的な節約で低コストを実現。

社員を家族の一員として手厚く。

新製品開発を柔軟・迅速に行う。

徹底した基本パターンの商売で軌道に乗り始める。


ちなみに、義弟の井植歳男(のちの三洋電機創業者)からは、「働く熱意は人並み外れているが才能は平凡」と称された。

0.png⇒ 地道な努力と仲間の支えで成功を掴む。

⇒ 事業の基本を徹底的に学び、「松下電気器具製作所」を創立。

⇒ この時点で、多くのビジネス書の要素を理解していた。


成功を支えたリーダーシップ👨‍💼✨

b4da76a9-e8d9-496d-8386-80c6509f5cf5.png危機を乗り越える経営判断

1929年、幸之助が体調悪化で静養中だった。

そんな時、世界金融恐慌で松下電器の売上が半減した。📉🌍


同業他社が倒産したり人員解雇する中…。

「生産を半減しろ。ただ一人も解雇するな。工場の労働時間を半日にし、全員で在庫を売るんだ」🛠️📦🛍️


全社員はこの方針に大喜び。🎉👏

大切にされた社員は生産性を高めるべく懸命に働き、過剰在庫は消え、松下電器は再生した。


1932年、幸之助は社員と役員の前で語った。

「産業人の使命は貧困の克服だ。社会全体を貧しさから救い、富をもたらすことにある。」

「企業人が目指すべきは、あらゆる製品を水のように無尽蔵に安く生産することだ。これが実現されれば、地上から貧困は撲滅される。」

この考え方は、松下自身は一度もそう表現していないが、世間には「水道哲学」という呼称で広まった。


1940年代、アメリカよりも早く「松下電器が遵奉すべき精神」として、「産業報国」「公明正大」「和親一致」「力闘向上」「礼節謙譲」「順応同化」「感謝報恩」の7つの精神を掲げ、従業員の行動指針を示した。

また、病弱な幸之助は、他人に頼るしか方法がなかった。

「企業の成長は、市場ではなく経営人材不足で止まる」と考え、事業部に再編成し、大幅な権限委譲する事業部制へと大きく組織を変えた。

事業部制にしたことで、多くのリーダーが育った。


0000000.png210.pngM·ビアーほか「ハーバードで教える人材戦略」

世界初の"人材戦略"の教科書。

松下幸之助はすでに人材戦略を極めていた。


192.pngアルフレッド・D・チャンドラー・ジュニア 著『組織は戦略に従う』

分権化と総合本社の戦略性が、組織の柔軟性を高めることを解説した書籍。

戦略が組織に影響を及ぼすのと同じように、組織も戦略に影響する。


総合的リーダーシップ🌍

71296ee0-25d9-4e1c-8246-9328fff07067.pngその後、第二次世界大戦の終戦で困難は再び訪れる。

松下電器は軍需工場になり、終戦時には多額の借金を抱えた。

GHQ(連合軍総司令部)から財閥指定され、解散命令も受けた。🏢❌

会社から追放され、松下電器は分割。


しかし、幸之助が追放されたと知った労働組合は、「幸之助を社長の座に留めてほしい」という署名を集めて組合員の93%が署名。📝✊

1950年、4年かけて幸之助は松下電器に戻ることに。

56歳で初の海外出張。✈️

オランダのフィリップス社と照明・電子管・半導体などの分野で技術提携し、松下電器の技術向上とともに海外の評価も高まり、世界企業に育った。


幸之助は66歳で会長になり、79歳で相談役に退き、会社の日常業務から遠のいた。


晩年の20年間、幸之助の活動は、他人が学ぶのを助けることに注力した。📘✍️

行政・政治のリーダーを育成すべく松下政経塾を設立。

PHP研究所で多くの時間を費やし、46冊の本を書いた。


彼は数多くの逆境から学び、成長を重ね、長い時間をかけて強いリーダーに育った。

0.png⇒ 危機の中で人を信じるリーダーシップが発揮された。

⇒ 現代でこそ、彼から学ぶことはとても多い。


青年期を通じて、幸之助を並以上の才能だとみなす人はほとんどいなかった。
彼は凡庸な少年だった。20代初めの頃は、神経質で病弱な青年だった。
ところが 30代に入ると、トム・ピーターズやボブ・ ウォーターマンが1970年代後半に強調したようなビジネス慣習をすでに考え出していた。
40代になると、先見性のあるリーダー、いわゆる「ビジョナリー・リーダーズ」になっていた。

ジョン・P・コッター 著『幸之助論』


0000000.png271.pngトム・ピーターズ/ロバート・ウォータマン著「エクセレント・カンパニー」

1970年代後半に強調したようなビジネス慣習の代表例に当たる書籍。

❶行動の重視
❷顧客に密着して学ぶ
❸自主性と起業家精神
❹人を通じての生産性向上
❺価値観に基づく実践
❻基軸から離れず、分からないことには手を出さない
❼シンプルな組織・適正な社員数
❽厳しさと、穏やかな面も同時に持つ

超優良企業は8つの特質で成功を維持する。


参考:他の伝記

188.pngボブ・トマス著『ウォルト・ディズニー 創造と冒険の生涯 完全復刻版』

こちらはウォルト・ディズニーの伝記。

家庭環境や学校の成績など似た点がある。


149.pngニコラス・カールソン著『FAILING FAST マリッサ・メイヤーとヤフーの闘争』

グーグル初の女性エンジニアとなったマリッサ・メイヤーの伝記。

睡眠時間は4時間で場所は問わないという猛烈な働きぶりだった。


162.pngジャック・ウェルチ 著『ジャック・ウェルチ わが経営 上下』

GE(ゼネラル・エレクトリック)会長兼CEOの伝記。

松下幸之助とは異なり、自信家で競争心が強かった。


155.pngレイ・A・クロック 著「成功はゴミ箱の中に レイ・クロック自伝」

高校中退から始まったクロックの人生は、挑戦と失敗の連続だった。


まとめ

リベシティ用サムネ (32).png✅ 学び続ける姿勢がリーダーを育てる。

✅ 逆境は成長のチャンスである。

✅ 謙虚さと素直さが成長の鍵。


⇒ 逆境を乗り越える意志と学び続ける姿勢がリーダーを育てる。

「私を殺さぬものは私を強くする」
-ニーチェ-


知識や見聞は、いずれ力になってくれると教えてくれます。

是非、皆様のより良い人生の選択肢が増えますように!

見ていただきありがとうございました!😆_.png

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